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第260話
移動中の車内で、氷川は段ボール箱の中を物色していた。いくら揺り起こせども、紫月が意識を取り戻す気配が一向にないからだった。時折微かなイビキまで立てながら熟睡してしまっているようで、当分の間はどうにもなりそうもない。おそらくは強めの睡眠剤のようなものを嗅がされたのだろうか、いくら真夏といえども空調も効いていることだし、このままでは風邪を引きかねない――そう思って、掛け布団の代わりになりそうなものを探していたのだ。
ドラッグストアに売っていそうな物がたんまり積んであるにしては、タオル類のようなものは見当たらない。
「……っくしょう……! タオルケットとまでは言わねえけどよ。何かそれっぽいモンがあっても良さそうなのによ――」
いくら拉致といえども、揺れる車内の地べたは土足で乗り降りのできる板の間だ。そんなところに粗雑に転がしておくだなんて、とんだ扱いもいいところである。氷川は腹立たしく思いながらも、懸命に積み荷を確認する――。
「仕方がねえ、こんなんじゃ心許ねえけど……今はこれで勘弁してくれよな」
氷川は自らのシャツを脱ぐと、横たわる紫月へと掛けた。枕代わりにはちょうど良さそうなモップの先端が入っている箱を見つけたので、新品のビニール袋を剥いて頭を持ち上げ、敷いてやる。車に乗り込んでから、かれこれ三十分が経とうとしていた。
「鐘崎のヤツ、そろそろ追い付いてくれてもいい頃だけどな――」
そう思ったちょうどその時だ。待ち人からの着信が届いた。
『氷川――遅くなってすまない。少し厄介なことになった』
鐘崎にしては珍しく、焦った様子の声音である。
「どうした? 何かあったのか?」
『落ち着いて聞いてくれ。先ず――お前らの乗ったトラックの現在地だが……羽田空港の中だ』
「羽田ッ……!?」
あまりに驚いてか、氷川は思わず大声を上げそうになり、慌てて声を潜めた。
「羽田だって? けど、車はまだ走り続けてるぜ? 一体、何処に連れてく気なんだ」
『恐らく――香港だ』
「香港ッ――!?」
『ああ。お前らをさらったのは、俺の知り合いに間違いない。粟津が撮ってくれた写真で確認したが、その女は香港にいた時の俺の幼馴染みだ』
「ってことは……やっぱり……」
『ああ――お前も知ってるんだろうが、俺の許嫁と言われていた女だ』
やはりそうだったのか。氷川は以前、鐘崎について調べていたことがあったわけだが、その時にSNSなどで女の顔写真も見たことがあったのだ。記憶は確かだったというわけだ。
では――もしかすると、その女も鐘崎の周辺に探りを入れている内に、鐘崎と紫月が格別に親しい仲にあるということを知ったのかも知れない。
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