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第262話
それから程なくして飛行機は離陸したようだった。鐘崎の言った通り、トラックごと機内へと持ち込まれたようで、荷台の中は確認されることなく飛び立ったのだろうと思えた。
「クソッ……本当に飛びやがった……。しかし……積荷の検査もしねえで離陸させちまうってどういうことだよ」
一応、空港ではX線による検査などが行われるはずである。荷の中に人が乗っていれば分かりそうなものだが、既に飛び立ったということはそれらをクリアしたというわけだろう。何かカラクリがあるのだろうが、今はとにかく今後の対応を考えることが先である。香港までの飛行時間はおおよそ四、五時間といったところか――それまでには紫月の目を覚まさせる必要がある。菓子パンやペットボトル入りのドリンクなども積まれているのが不幸中の幸いだった。
「しっかし……寒みィな……」
プライベートジェットということだし、一応は人質の紫月も乗せているので、エアコントロールはされているようだが、さすがにタンクトップ一枚の姿では寒い。かといって、紫月に掛けてやったシャツを剥げば、今度は彼の体温が奪われてしまうだろう。
「……つぅ、マジ寒くなってきやがった……」
着陸後に備えて、今は少しでも体力を温存しておきたいところだ。
「仕方ねえ……。一之宮、ちょっと勘弁しろよ」
氷川は段ボールと段ボールで自分たちを囲むように壁を作ると、紫月を抱き起こして自らの腕の中へと抱え込んだ。二人ぴったりと身体を重ねて座り込み、互いの体温で温め合うように密着して抱き合う。
「……んー、これはあくまで生命維持だかんな。鐘崎、それに冰……誤解すんなよ? 緊急事態なんだから、今だけ勘弁してくれ! つか、それ以前に一之宮が目を覚ましたら……一発殴られそうだな。ははは……」
氷川は苦笑いをしながら、そんな想像を巡らせて自らを奮い立たせていた。正直なところ、この先のことを考えると緊張感は拭えない。すぐに鐘崎が追い付いてくれればいいが、そう上手くはいかない場合も有り得るわけだ。その時に紫月と二人きりでどう切り抜けるか――頭の中でシュミレーションを繰り返しながら、奮起するしかない。氷川はそう自分に言い聞かせていた。
そのままウトウトとし、眠り込んでしまったのだろうか――氷川が目を覚ましたのは、間もなく香港に到着しようかという頃合いだった。ユサユサと肩を揺さぶられ、寝ぼけ眼を開けば、そこには紫月が心配顔でこちらを見下ろしていた。
「おわッ……一之宮……!」
氷川はガバッと身を起こし、キョロキョロと辺りを見渡した。
「氷川! 気が付いたか!」
「あ、ああ……。俺、寝ちまったんか……」
あれほど寒かったはずが、今は全く快適だ。――と、そこでハタと先刻からの記憶が蘇った。
「……つか、その……俺! ナンもしてねえかんな! これはその……身体を温っめる為っつか……邪 なことなんぞ何 も……考えてねえっつか!」
しどろもどろの氷川に、紫月がクスクスと笑いを堪えていた。
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