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第263話
「分かってるって!」
紫月が目覚めた時、氷川のものだろうシャツでしっかり包まれながら抱かれていた。そのお陰で体温が奪われずに済んだのだ。
「それよか、お前が一緒だってこと自体に驚いたけどよ……。俺ら、一体どうなったんだ……?」
紫月にはここが何処であるかも分からないのだろう。氷川は順を追って説明を始めた。
「お前らがいたフードコートに俺らも居合わせたんだよ。声掛けようかとも思ったんだが、清水や橘も一緒だったし、まあまた今度でいっかっつーことになって。けど、その後すぐに赤い車の女が現れて、お前が拉致られたんで俺も即行この車に乗り込んだってわけだ」
氷川は、鐘崎にも既に連絡が付いていて、自分たちの後を追ってくれていることや、今現在はトラックごと飛行機に乗せられて香港に向かっているらしいことなど、知り得る限りの情報を話して聞かせた。
「お前、あの赤い車の女に何か話し掛けられてたろ? どういう用件だったんだ?」
氷川が尋ねると、紫月は難しげに眉をしかめながら頷いた。
「ああ……あの女――な。いきなり『あなたが一之宮紫月?』とかって訊いてきてさ。知らねえ女だったんで、とりあえずそうだって答えたら……自分は鐘崎遼二の婚約者だって名乗ったんだ」
やはりそうか。この紫月が何の反撃もできずに、簡単に拉致されてしまうだなんて、余程ショッキングなことでも言われたのかと思ったが、当たっていたようだ。
「遼二のことで話があるって言われて……。そしたら急に危ねえ感じの奴らが出てきてヘンな薬嗅がされて……その後は全く記憶にねえしで……。気が付いたらお前が居て……そういや俺、どうしたんだろってさ。もしかお前も俺と同じように拉致られたのかなって……」
「なるほどな」
やはり彼女は紫月が鐘崎の大事な相手だということを知ったのだろう。
「まあ、とにかく心配すんな。あの女が何を考えてるか知らねえが、今はちょうど俺の両親も香港支社にいる。向こうに着いて、ネットに繋がりさえすりゃ連絡は取れる。おそらくこのトラックごとどこかへ連れてかれるんだろうから、道中でフリーのワイファイでも拾えるかも知んねえ」
「あ、そっか! そういやお前の携帯って手があったか! 俺ンは掴まった時に取り上げられちまったようでよ……さっきっから探してんだけど見つからねんだ」
「なら、もしかして女が持ってんじゃねえのか? さっき鐘崎が言ってたんだが、女の方では鐘崎の携番も知らねえみてえだぜ?」
ということは、紫月の携帯を取り上げて、アドレス帳を漁るつもりだったのかも知れない。
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