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第15話

 と、こういえば『野郎に惚れちまったわけ?』などとからかわれるかも知れないが、実は紫月にとってはこれがごく自然の感情だった。  同性に対してしか恋愛感情の持てないことをはっきりと自覚したのは、割合近年のことだった。だからこの転入生の男に対して一目惚れのような感情を抱いたとしても、それ自体はあり得ないことではなかった。だが、これ程までに気を取られるということは初めてのことだ。しかも何故だか素直に認めたくはないと反発する感情が自身の中で渦巻いているのもこれまた確かなようで、だから余計に気持ちが掻き乱されては戸惑い揺れる。  混沌とした感情がうっとうしくて苛立ちを誘う。  嫌な野郎と同級になっちまったもんだ――と、深いため息をつかずにはいられない。これから毎日のようにこんな奇妙な緊張感を味わわなければならないのかと思うと、それだけで気が重かった。 ◇   ◇   ◇  そんなウサを晴らす為というわけじゃないが、紫月はその晩、通い慣れた『と或る場所』へと向かっていた。  隣り街まで電車で足を伸ばし、繁華街を抜けてすぐのところにあるビルの小さな入り口――一見何の変哲もない雑居ビルの地階へと続く階段を、小走りに駆け降りる。割合重厚そうな木製の扉を開けると、カランカランと目立つ音でベルが鳴る。それを合図に、室内の視線が一斉にこちらを振り返った。 「よー! 久々ー!」  まるで待ってましたとばかりに近寄ってきたのは、紫月とほぼ同じくらいの背格好をした大学生ふうの若い男だ。  薄茶色の短髪をワックスで遊ばせて、片方の耳には輪っかのピアス、Tシャツの上に羽織った黒革のベストの胸ポケットからは珍しい橙色の石がはめられたアクセサリーが顔を覗かせている。  見るからに懐っこくて愛想の良さそうな、それでいてどことはなしに周囲が一目置くような間合いを身につけているこの男は、間近に寄ってよくよく見ても、パッと見を裏切らない結構な男前だ。  そんな彼が少々逸ったようにワクワクとしながら出迎えるような仕草で扉口へと近付いて、 「どうしてた? 随分久々じゃんかよー! お前、トンと顔見せねえから焦らされてたんだぜー!」  と、そんなふうに話し掛けるものだから、それらを横目にした他の者たちは、暗黙の了解とでもいうように視線を外しては自分たちの会話に戻る。まるで紫月のことをこの男に譲るのが当然とでもいうような態度だ。  よく見ればこの店にいる客の全員が男――そう、ここはいわゆるゲイバーという所だ。  表向きは店という構えではないから、ここがそういった場所だと知っている者しか入店しないといったところだが、彼らの間では知れた場所だった。 ◇    ◇    ◇

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