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第18話

「だいたい! 未だ携番だって教えてくんねーし、お前の名前だって本モノかどうか怪しいモンだぜ? 振り回されてんのは俺だけってか? ちったー気の毒って思わねえ?」  恨めしげに眉をしかめる男を横目に、紫月はまたも苦笑しながら、フゥーっと大袈裟な感じで煙を吐き出してみせる。それくらいしか反応のしようがないところに持ってきて、男の方はますます恨み調子で軽く睨みつけてよこした。 「つかさ、お前ホントのとこはどーなのよ?」  自らも煙草に火を点けながらそんなことを口走る。 「ホントのとこだ?」 「そ! 実は本命いるんじゃねーの? つか、できたとか? しばらくココに来ねえ間に本命の男ができちまったとか! だから愛想ないんだろ?」  カランカランと強めのワンショットが入ったグラスを片手に、やはり嫌みまじりだ。 「……ンなもんいねーよ」 「は、どうだか! つーかさ、一度訊いてみてえって思ってたんだけどよ。お前の好みってどーゆーの?」 「好み――だ?」 「俺だってさー、案外悪かないと思うんだけどねー? 実際、お前と会う前だって結構な割合でお目当てゲットできてたし。なのにお前と会ってからはめっきり自信失くしちまったってーかさ、お前いっつも素っ気ないし。だから訊いてみたかったのよ、お前のド・ストライクをさー」 「ストライクって……別にねえよ、そんなもん……。つか、そんなん考えたこともな……」  そう言い掛け――ふと、脳裏に一人の存在がよぎって、紫月はビクリと煙草を持つ手を震わせた。 ――濡羽色の艶髪の男がゆっくりとこちらを振り返るシーンが、切り取ったコマのように頭の中で鮮明に繰り返される。  スローモーションで何度でも、しつこくしつこく脳裏を巡る。紛れもなく転入生の鐘崎という男の顔だった。  なぜこんな時に彼の顔が思い浮かんだというわけだ。  その理由を考えるのも癪だというように、紫月はチッと舌打ちを鳴らした。 (ストライクゾーンがどんなタイプか――なんて、こんな話向きの時に何でヤツの顔が思い浮かばなきゃならねえんだ……!)  紫月は滅法気分の悪いといった調子で、ガシガシと髪を掻き上げると、隣の席でふてくされ気味の男に大胆なほど顔を近付け、耳打ちをしてみせた。 「やっぱ出よっか、ココ」 「は……?」  急にどういう風の吹き回しだというように男がこちらを凝視する。思いっきり口に頬張ったつまみのポテトチップスをモグモグとしながら、ポカンと硬直状態だ。 「だから……ヤりに行こうかって言ってんだ。近くのラブホ、どこでもいいよ」  すっくと立ち上がると、早々にカウンターを後にする――そんな紫月の後ろ姿を慌てた視線で追い掛けながら、男はアタフタと会計を済ませて店を出た。

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