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第20話
「ちょっ……! 何やってんだてめえ……」
「あ、いや……俺だけが貸してもらったんじゃ申し訳ねえから。ちょっと窮屈かも知れねえが、勘弁してやってくれねえか」
当たり前のように側に寄り、くっ付けた机と机の真ん中に教科書を広げては済まなさそうに瞳を緩めて軽く会釈をする。突然の展開に、紫月の方は珍しいものでも見るような感じで、面喰った表情のまま茫然とさせられてしまった。
何とも強引なこの男に押し切られるようにして授業に突入――ちらりと視線をやれば、真新しい制服の袖がすぐ傍で書き物をしながらかすかにうごめいているのが目に付いた。
(この野郎、左利きかよ――)
右隣に座った彼の左手が、先程から懸命にペンを走らせているのだ。
黒板を写しているのだろうその姿が見掛け通りのクソ真面目を物語ってもいるようで、大層なこったと感心半分、呆れ半分。だがその微かな動きのたびに、まるで体温までもが伝わってくるような気がして、心拍数に拍車が掛かるのをひしひしと感じさせられる。
紫月の席は窓際の一番後ろ――
後方から誰かに見られているといった心配は無いものの、こんな緊張感のままに一時限を耐えなければならないと思うと、とてもじゃないが窮屈な感じがして、ムズムズと身をよじってそれらを振り払いたい気分だった。
そんな気持ちのままに、春風が心地よい外の風景へと視線を逃がした。
と、その春風までもが加担するといったように、自分たちの間に置かれた教科書のページを悪戯に揺らして、
「わ……っ!」
「あ……!」
出来過ぎたお約束の如く、指と指とが触れ合って、ドキリとさせられた。
「ああ、悪いな。外、風強えのかな?」
隣から少々身を乗り出すようにしながら窓の外に視線を放る。それと同時にニコリと軽く微笑まれて、紫月はますます硬直させられてしまった。
こいつでも笑うことがあるんだ。
何故そんなことを思ったのかは分からない。
第一、会って間もないこの男の笑顔を見るのが初めてであっても、何ら不思議はないはずなのに、ひどく印象に残って仕方がない。
そういえば随分と流暢な言葉使いにもヘンな新鮮さを感じて奇妙な気分だ。香港から越して来たというわりには違和感の無さすぎる口調が、かえって引っ掛かるくらいだ。
向こうで生まれ育ったというのなら、どちらの国の言語も話せて当然というところなのだろうが、それにしても出来過ぎた感がかえって奇妙に思えるのは確かだ。
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