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第21話
まあそれのみならずといったところだが、この男のやること成すことがいちいち目については気に掛かって、そのたびにモヤモヤとした心持ちにさせられるのではたまったものじゃない。
まるでこの男に興味津々だということを何度でも自覚させられるようで堪らなかった。
早くこの時間が終わってくれ!
紫月は心の底からそう願っては、参ったというように頭を抱え込んで机に突っ伏した。
「なあ、あんたさ……名前、一之宮だっけ?」
その突っ伏した顔を覗き込むようにしてそんなふうに囁かれたのに、ビクリと隣を振り返れば、すぐそこに男の顔面ドアップがこちらを見つめていて滅法驚かされた。
「おわ……っ!」
突如大声を上げそうになり、慌てて背を屈める。
チラリと担任がこちらを睨みつけたような気がしたが、前の席の連中の背中に隠れるようにしてとっさにやり過ごした。
「悪りィな、驚かせちまった?」
同じように背を屈め、担任の視線から隠れるようにしながら、隣の男が微笑んでいる。今度はしっかりとこちらを向き直っては、少々おどけたように白い歯までをも見せて笑っているその様子にますます茫然、
「……っ、何なんだよてめえ……! つか、なんでてめえも一緒ンなって隠れる必要あんだって……」
「え、いや何となく……」
今度はクスッと照れたように微笑んでよこす。
冷静になって考えてみれば、何てことのないこんなやり取りに一喜一憂、バクバクとさせられていることに気付いて、ますますやりにくいったらこの上ない。
こちらのそんな気持ちには微塵も気付かずといった調子で、男の方はより親しげな笑顔を向けてくる。
「一之宮、何ていうの?」
「は――?」
「名前の方、何ていうのかと思って。俺は遼二。鐘崎遼二ってんだ」
「え!? あ、ああ……名前ね……知ってんよアンタの。転入生紹介の時、担任が言ってたし」
「そっか。ま、改めてってのもナンだけど……よろしくな?」
(何なんだ、何なんだ、いったい――! いきなり自己紹介かよ!)
この懐っこい感じに悪戯そうな笑顔。ほんのさっきまで威圧感さえ持ち合わせ、仏頂面だと思っていた見せ掛けをあっさりと裏切るような突然のフェイント。
予期しないギャップに思わず頬が染まるのをとめられない。
しかもそうされて嫌じゃないと思っている自分がいて、何よりそっちの方が驚愕だ。
『嫌じゃない』どころか、明らかに心が弾んでいるのを否定できない。訊かれた『名前』も満足に答えられないままに、舞い上がっていることさえ信じたくはない。
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