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第267話
「マジ……? すげえ……尊敬する」
鳩が豆鉄砲を食らったように唖然とする紫月の傍らで、氷川はポケットからハンカチを取り出すと、積荷の中から拝借してきた油性ペンで何かを書き始めた。
「それ、何――?」
紫月が氷川からスマホを受け取り、手元を照らす。
「ん――。市街地に出て、どっかでフリーのワイファイが拾えれば、鐘崎たちにさっき聞いたことを送信しようと思ってる。けど、もしもネットに繋がらなかった時の為に第二の手段を残しておく」
氷川は、できるだけ簡潔にそれらを書き記すと、トラックの扉の隅っこにハンカチを結び付けた。
「このトラックごと移動してくれるのは有り難え。鐘崎が追って来るのに目安になるだろ?」
もしも途中でトラックを乗り捨てて、別の車などに移動させられたとしても、ここに何らかの手掛かりを残しておけば、後々役に立つかもしれないということなのだろう。こんな状況の中で、黙々と事態を打破しようとする氷川に驚くばかりだ。紫月は敬服の眼差しで氷川の一挙手一投足を見つめていたのだった。
◇ ◇ ◇
その後、車が走り出した感覚で、香港の地に着いたのだろうことを知った。
「とうとう着きやがった……。今、何時頃だろ?」
「俺らが拉致られたのが、ちょうど正午頃だ。そっから逆算すっと……夕方の六時か七時ってとこだろうが、時差があるからな」
「時差って一時間くれえだろ?」
「ああ。今は夏だし、外はまだギリギリ明るいだろう。この扉が中から開けられれば言うことねんだけどな……」
扉さえ開けば、信号待ちを見計らって飛び降りることも可能だ。先程から幾度も二人でトライしているが、外から閂が掛けられていてビクともしない。
「こりゃ、おとなしく奴らに従うふりをするっきゃなさそうだな。鐘崎が追い付いてくれるまでの辛抱だ」
闇の売春組織だという取引相手が何人で来るのかも分からない今、とりあえずは様子見しかないだろう。
――と、その時だった。フリーの接続を拾えないかとスマートフォンを握り締めてスタンバイしていた氷川が、パッと瞳を見開いた。
「お! 来た!」
「繋がった?」
「ああ。鐘崎と……それから源さん、冰と粟津にも送っとこう」
この好機を逃してはならない。手に汗握る勢いで、氷川は方々に同じ内容のメールを送信したのだった。
「お、鐘崎からもメールが来てるぜ!」
「マジッ!?」
「ああ。羽田を発つ直前に送ったらしい。――ってことは、奴らももうすぐ香港に着く頃だ!」
氷川と紫月は互いを見つめ合いながら、頷き合ったのだった。
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