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第268話
時間的には鐘崎らの方が一時間半ほど遅れているといったところか――。帝斗の口利きにより、粟津家のプライベートジェットで来るとのことで、帝斗は勿論のこと冰、それに紫月の父親まで一緒とのことだった。飛行許可の手続きに時間を取られたようだが、それでもさすがに国内外屈指の大財閥だ、早々に飛び立てたようである。
「よし、売春組織の方は鐘崎の方ですぐに突き止められるだろうから。俺らはおとなしく従うふりを装って様子見だ」
と、その時、氷川の送ったメールへの返信が届いた。
「鐘崎からの返事だ! 俺のGPSが拾えたらしい! そのまま電源を落とさないでくれとある」
「マジッ!?」
「ああ……。奴らももうすぐ着陸できるそうだ。念の為、源さんは鐘崎の所持するプライベートジェットで飛んでるって書いてある」
念には念を入れてのことなのだろう。万が一のことがあっても、二機で分乗していれば、より万全といえる。さすがに鐘崎である、戦闘態勢に余念はなかった。
「俺らも態勢を整えとくか!」
氷川はそう言うと、積荷の中から役に立ちそうなものを物色し始めた。
「一之宮、お前はこれを持っとけ」
油性ペンに小さな懐中電灯、カッターナイフ、それにペットボトルの飲料水を渡されて、紫月は氷川を見上げた。そういう彼の方は、同様の備品の他にシャツを捲し上げて荷造り用の紐まで胴に巻き付けている。
「あんまし多くは持ち出せねえが、何かの役に立つかも知れねえ」
この先のことを見越して着々と準備を整える氷川を見つめながら、紫月は感極まったようにしてうつむいた。
「な、氷川……」
「あ――?」
「すまねえ。ありがとな。お前がいてくれて……ほんと助かった。俺一人じゃ、とてもじゃねえけど……こんなふうには……」
目頭を押さえるようにしてそう呟いた紫月に驚きつつも、氷川はすぐに瞳を細めると、
「心配すんな。お前を売春組織なんかに渡したりしねえ――。俺が命に代えても守ってやっから――」
そう言って笑った。
「氷川……」
「――なんてな。本来、鐘崎に言って欲しい台詞だろうけどよ。ヤツがこの場に居ねえ今、俺がヤツの代わりだ。きっと、ヤツが反対の立場でもそうしてくれっと思うからよ」
そうだ。鐘崎は先日、冰がさらわれた際にそうしてくれた。冰と氷川が窮地に陥っている場に、取るものも取り敢えず駆け付けてくれたのだ。
本来、鐘崎にとって氷川は紫月を穢した張本人であり、恨まれていてもおかしくないだろうに、彼は助けに来てくれたのだ。氷川は、そんな鐘崎に対して尋常ならぬ恩を感じていたのだった。
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