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第269話
「その後もヤツは俺を赦してお前の親父さんの道場で修行することまで勧めてくれた。何て度量の深え男だろうって思ったよ。俺はヤツに感謝してもしきれねえくらいの恩がある――。無論、お前にもだ」
「氷川……お前……」
「俺はお前らに会って……何つーか……大事なことを教わったように思うんだ」
だから命に代えてもヤツの大切なお前を守るぜ――
氷川の真剣な眼差しがそう言っているように思えて、紫月は胸の奥底から熱いものがこみ上げるのをとめられなかった。
因縁関係の隣校の頭同士と言われ、小競り合いを繰り返し、顔を合わせれば一触即発の間柄――そんな氷川が、もうずっと古くからの友人のように思えていた。固く強い絆で結ばれた、何ものにも代え難い親友のような気がしていた。そして今、氷川とこうしていられることが心から嬉しくも思えていた。
「氷川――ありがとな。ほんとに……」
「ばっきゃろ……改まってんじゃねえって! 照れるじゃねっかよ……」
フイとそっぽを向きながらも頬を染めた氷川に、自然と笑みを誘われる。そして二人、共に見つめ合い微笑み合う。心からの笑顔だった。
「一之宮――お前と俺ならぜってえ乗り切れる。四天と桃稜の頭と言われた俺ら二人が組めば、怖いモンなんてねえ。どんなことがあっても諦めねえで、一緒に川崎に帰ろう。お前は鐘崎の元に、俺は冰の元に――無事に帰ろう」
「ああ、そうだよな。お前に何かあったら……俺も冰に申し訳が立たねえしな。何が何でも無事に帰らなきゃ!」
「ん! だな!」
どちらからともなく互いの手を取り合い――二人はその絆を確かめ合うように、固く拳と拳を握り合ったのだった。
しばらくの後、トラックが停車し、エンジン音が止まったのが分かった。いよいよ目的地に着いたようである。運転席の開閉する音と共に、荷台の閂が開かれる音がする。二人は段ボールを盾にするようにして身構えた。
[降りろ!]
[こっちに来い! 早くしろ!]
刺青の男らが広東語で威嚇する。その手には短銃が握られていた。
[聞こえねえのか! 早くこっちに来い! ヘタなマネすんじゃねえぞ!]
[このガキ共、言葉が分かんねえんじゃねえのか?]
氷川には男の言っていることが理解できたが、ここは分からないふりを通した方が無難だろう。二人は恐る恐るといったふうを装いながら、一先ずは男らの言いなりに従うことにする。トラックの荷台を降りると、そこは廃墟化した倉庫のような建物の中だった。
どうやら車ごとこの倉庫内に乗り入れたというところか、入り口のシャッターは開けられたままだったので、外の様子が窺えた。夕陽が沈みきって、空は藍色に染まりかけている。銃を突き付けられながら連れて行かれたのは、倉庫の一角にある事務所のような小部屋だった。
[しばらくここでおとなしくしてろ!]
部屋に押し込められると同時に、ドアにも鍵が掛けられた。
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