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第272話
「……ったく! 聞き分けのねえ女だな……。じゃ、仕方ねえ。気は進まねえが――実力行使さしてもらうぜ」
氷川はそう言うと、美友の腕を取り、抱き寄せて、いきなり乳房を揉んでみせた。突然の奇行に美友も驚いたのだろう、『キャアーッ!』と凄まじい叫び声を上げた。
[何すんのよっ! このケダモノッ! 放しなさいよ! 放しなさいってばッ!]
「そうそう、その調子! もうちょい派手に騒いでくれると助かるぜ」
ニッと笑いながらも、氷川は美友を抱き締めたまま、両の掌でワシワシと乳を揉みしだく。
[嫌ーーー! この……変態男ッ! 放して! 放せえーッ!]
いくら暴れようども、氷川のような体格のいい男に掴まってはどうにも逃れられない。
「うん、なかなかでけえ、いい乳してんじゃねえの」
氷川も興に乗ってしまったのか、楽しげだ。その様子を側で見ていた紫月は、苦虫を潰したようにして片眉を吊り上げた。
「お、おい……氷川、てめ……何やってんだって……」
紫月の問いに、暴れる美友を押さえ込みながら氷川が目配せをした。
「一之宮、来るぞ――」
チラリとドアの方を見やりながらそう言った。その目は至極真剣だ。氷川は何も美友に悪戯をして楽しんでいたわけではなく、男らを呼び寄せる為にわざとこんな破廉恥な行為に出ていたのだ。
案の定、何事かと男たちが様子見にやって来た。
[何してやがる、ガキ共ッ!]
ガチャガチャと鍵が開けられる音がする。紫月は氷川の意を汲むと、男たちを仕留めるべく身構えた。
[クソガキ共、何して……ぐわッ……]
男が扉を開けたと同時に、すかさず紫月が一撃を放つ。一人仕留めたところで、後から入って来た二人目に氷川の蹴りが炸裂した。
「ふぅ――、上手くいったな」
ノビてしまった男らを部屋の中に押し込める。
「よし、そんじゃズラかるぜ!」
氷川が先に部屋を出、紫月も後に続く。そんな二人の様子を呆然と見やりながら床にへたり込んでいる美友に、紫月が手を差し出した。
「おい、行くぞ! 一緒に来るんだ」
だが、美友は呆然としたまま、何が起こったかすぐには理解できないといった顔付きでいる。
「おい、聞こえてる!? あんたも来るんだ。一緒に逃げるんだよ!」
「え……?」
「いいから――来い! 急ぐんだ!」
紫月は彼女の手を掴むと、有無を言わさずといった調子で部屋から連れ出した。
倉庫内に人の姿は見当たらない。取引相手はまだ来ていないようだ。
「よし、走るぞ!」
氷川が先導し、紫月は美友の腕を掴んだままで、三人は一先ずできるだけ遠くへと走ったのだった。
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