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第280話
「よくがんばったな。もう大丈夫だから安心しろ」
「あ……はい、あの……」
「ありがとう……ございます」
紫月も氷川も揃って男に頭を下げる。が、彼は一体誰なのだろう。もしかしたら鐘崎が手を回してくれた助っ人かも知れない、そう思った。
鐘崎は、ここ香港ではマフィア頭領の一人息子である。養子といえども組織の配下の者たちは大勢いることだろう。鐘崎本人が追い付くまでの間、彼らに救出の助力をするよう手配してくれたのかも知れないと思えた。
ともかくは助かったことに安堵する。
「そうだ! 美友は――ッ!? 撃たれたりしてねえかッ!?」
紫月が我に返ったようにして、腕の中の美友を気に掛けた。氷川と二人で彼女を挟み込むように抱いたままだったのだ。
「気を失っちまってら……。けど、撃たれたりはしてねえみてえだぜ?」氷川が確認する。
「そっか……! 良かった……」
あからさまにホッと肩の荷を下ろした紫月に、
「お前――、本当にいいオトコに育ったな」
助けてくれた男が誇らしげに微笑んだ。
「え……? あの……あなたは……」
衝撃と恐怖ですっかり動転していたが、次第に気持ちも落ち着いてか、紫月は不思議そうに男を見上げると、ハタとしたように瞳を見開いた。やさしげに微笑みながら自分たちを見下ろしている男の面影に思い当たる節があったからだ。
濡羽色の髪に漆黒の瞳、整った精悍な顔立ち――まるで鐘崎をもっと大人にしたようなその男に、吸い込まれるかのように視線が外せない。
「あの……もしかして……あなたは……」
「鐘崎僚一、あいつの親父だ」
「遼の……親父さんッ……」
そう、男はなんと鐘崎の父親だったのだ。
「遼二もすぐそこまで来ている。お前さんたちを追っていた組織を片付けたら、すぐに合流できる」
もう大丈夫だから安心しろという父親の言葉に、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
そのまま鐘崎の父親に連れられて、彼の自宅へと向かった。
「あの……親父さん。美友は怪我をしてるんです。さっき、転んじまって……。どっかで手当てをしてやりたいんですが――」
ワゴン車の後部座席で美友を抱きかかえながらそう言う紫月に、鐘崎の父親がそこはかとなくやさしげな視線を細めていた。
「大丈夫だ。家に帰ればすぐに診てやれる」
「そうですか。ありがとうございます」
「お前さん、本当に……」
「え……?」
「いや、何でもねえ。それより――もうすぐ着くぞ。遼二たちもすぐに来るが、先ずは風呂だな。遼二らが戻ったら皆でメシにしよう。紫月と――それに氷川君だったな。二人共、本当に良くがんばった。ゆっくり身体を休めるといい」
「あ、はい!」
「ありがとうございます!」
そうして一路、鐘崎の父親の自宅へと向かったのだった。
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