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第281話

 一方、闇組織を無事に片付けた鐘崎は、源次郎と共に紫月らの待つ父親の邸へと向かっていた。 「……ったく! 親父のヤツにも困ったもんだぜ」  鐘崎が大袈裟なくらいの深い溜め息を落とす。源次郎は、そんな彼を横目にしながら困ったように苦笑していた。  日本を発つ前に香港の父親の元へと助力を申し入れた鐘崎だったが、それを受けて父親の僚一は、すぐさま范美友の足取りの調査を始めた。そこで、彼女があまり良くないチンピラ連中を雇ったことや、日本に向かったこと、その後の行動などすべてを読み解いた僚一は、紫月らが売り飛ばされようとしていた売春組織をも探り当てていたのだ。美友らのプライベートジェットが香港の地に着いた時には、既に取引場所へと先回りしていた。 「紫月らがあの倉庫に連れて来られた時には、親父はもうとっくに到着していたらしい」  にも係わらず、僚一はすぐに救出を試みず、しばしの間、静観していたというのだ。 「俺たちのような裏社会に身を置く人間とこれから生涯を共にするに当たって、紫月の実力を図りたかっただなんて抜かしやがって……。まあ、俺も含めてどういう行動を取るか見てみたかったらしいが――」  つまりは、鐘崎と一緒に人生を共にするのであれば、今後も多かれ少なかれこういった事態に陥ることも皆無とはいえない。緊急事態にあって、どう判断し、どう乗り切るのかを試したかったというのが父親、僚一の思惑だったようだ。  源次郎はそんな僚一の考え方が如何にも彼らしいと笑ったが、鐘崎にとっては愚痴のひとつもこぼしたくなる言い分だ。 「危なくなったらすぐに助けに入るつもりだったとか抜かしてやがったが……俺にも本当のことを教えねえで……何を考えてるんだか、親父のヤツったら」 「まあ、僚一さんの気持ちも分からないではありませんよ。遼二さんが紫月さんと真剣にお付き合いしていることを知って、窮地のお二人がどのように切り抜けるかを見極めたかったのでしょう。今回はたまたま僚一さんも香港にいらしたし、すぐに救出に動くことができたとはいえ、それが儘ならない時もありましょうからな」  そう――、もしも誰の助力も得られないような事態に陥った時、若い二人が生き延びる為にどれだけの知恵と実行力を備えているのかというのを把握しておきたかったのだ。足りないところや間違った選択があれば、そこを指摘し、どう突破すれば良いかを教え込むことができる。まさに親心である。

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