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第282話

「でも、僚一さんは紫月さんのことを本当に心優しい、あたたかいお気持ちを持った方だと、大層褒めていらっしゃいましたぞ」 「ああ。飛燕(ひえん)さんがどれだけ心血注いで育てたのかがよく分かると言っていた」  一之宮飛燕(いちのみや ひえん)は紫月の父親である。僚一と飛燕が出会い、恋に落ちてから十数年。二人が共に生活することを断念したのは、紫月を育てる為だった。僚一にとっても、紫月は我が子同然と思える愛しい存在といえる。おいそれとは会えない距離で暮らそうとも、僚一は飛燕と紫月のことをいたく気に掛けていたに違いない。成長した紫月に直に会ってみて、彼のやさしい気質に触れ、飛燕がどのように育てたのかを実感し、誇らしく思ったのだろう。 「僚一さんと飛燕さん、お二人がお会いになるのもお久しいことでしょうからな」 「ああ――。実際に会うのは数年ぶりなんじゃねえかな。それこそ紫月とは初対面の赤ん坊の時以来だろうからな」 「きっと感慨深いことでしょうな」 「ああ、紫月に会えて本当に喜んでいた。飛燕さんが教え込んだ体術も、なかなかのもんだと感心していたしな。それに――氷川のこともえらく買っていたな。ヤツの迅速な判断と行動力は大したものだと言っていた」 「そうでございますな。それというのも遼二さんが氷川様に対して大きなお心で向かい合われたからでしょう。氷川様は紫月さんに対して様々、褒められないことをなさったのも事実なわけですが――そんな彼を遼二さんは許された。もしも憎しみが勝っていれば、今のような氷川様とのご縁もなかったでしょうしな」 「ああ――確かにな。氷川と俺の出会いは正に最悪の状況下だったからな」  だが、その後に氷川は誠心誠意をもって謝罪にやってきた。膝を折り、地面に頭を擦り付けて土下座までして謝った。氷川が紫月にしたことは許し難いことに違いはなかったが、あの時の氷川の行動に少なからず心を動かされたのは確かだ。彼の心からの後悔と謝罪、その真摯な気持ちが伝わってきたからこそ、鐘崎も、そして紫月もその意を受け入れることができたのだ。 「不思議な縁――だな。今では氷川が何ものにも代え難い友に思えているんだから――」 「ええ。氷川様も、そして無論、遼二さんと紫月さんも――皆さんがお互いに真の心で向き合われたからこそでしょうな。僚一さんも皆さんのご友情を嬉しく思われていることでしょう」  鐘崎には、紫月や氷川との縁が、そして無論のこと父親たちの縁も、すべてが遠い昔からの運命によって導かれたもののように思えてもいたのだった。

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