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第285話

 窓の外には眠らない香港の街灯りが煌々と輝き続けていた。時刻はとうに日付をまたいでいる。もうしばらくすれば、夏の早い夜が明けそうだ。長い長い一日が終わり、夢に見た互いの温もりを貪り合い――心身共にようやくと穏やかさを取り戻したベッドの中で、鐘崎と紫月は余韻に身を寄せ合っていた。 「な、遼――さ」 「ん――? 何だ?」  腕枕に紫月の頭を乗せ、指で髪を梳きながら鐘崎が問う。 「うん。俺さ、今回のことでお前にも皆にも心配掛けちまったけど……。でもこれで良かったかなって思えることも多くてさ」  紫月の言葉に鐘崎は少し驚いたようにして瞳を見開いた。 「俺が拉致られるのに気が付いて、氷川がすぐに同じトラックに乗ってくれたじゃん? 正直、一人っきりだったら、もっと心細かったと思うんだ。けど、氷川が一緒にいてくれてすげえ助かったっていうか……。それに、冰や粟津もお前に知らせてくれたり、トラックの証拠写真とか撮ってくれたりしたんだってな?」 「ああ、冰がすぐに駆け付けて知らせてくれたんだ。それに――粟津の写真のお陰で確実な情報も入手できて、すぐに動けた」 「だよな。俺さ、今までダチとか仲間とか、そういうの特に意識したことなかったんだけどさ。そりゃ勿論、剛や京みてえに普段からワイワイやる仲間ってのは楽しいし、あいつらだってツルんでる誰かが困ってりゃ、迷わず身を投げ出して加勢に向かってくれたり、そういうの、すげえいいなとは思ってた。けど今回、氷川や冰たちにいろいろ助けてもらって、何ちゅーか……改めて”仲間”っていいなって思ったんだ」  鐘崎にも紫月の言いたいことはよくよく理解できる気がしていた。楽しい時は無論のこと、窮地に陥った時に自らの身を顧みずに仲間の為に行動できる。そんな友のいることが誇りのように感じられているのだろう。 「そうだな」  鐘崎も素直に頷いた。 「氷川の奴ったらさ、広東語もすげえ流暢でほんと助かった。あいつ、チャランポランに見えて、陰では案外努力家だったっつーか、将来稼業を継ぐのに必要だからっつって広東語を勉強してたみてえでさ。正直驚いた」 「ああ、そうだな。俺も氷川から状況が流れてきた時に、ちょっと不思議に思ってはいたんだ」  もしかしたら美友(メイヨウ)が日本語でそう説明したのだろうかとも思ったが、まさか氷川自身が広東語に精通していたのは意外だった。感心する鐘崎の傍らで、紫月が続けた。 「それによ、美友も――日本語が流暢だったよ。正直、すげえなって思った」 「――紫月」 「日本語って外国人が覚えるには相当難しいっていうじゃん? まあ、広東語も同じくらい難しそうだけどさ。けど、彼女はそれができる。きっと……相当努力したんだろうなって思ったよ。俺には同じように広東語を覚えられるかって言われたら……ぜってえ無理って気がする」  紫月は苦笑しながらも穏やかな表情で驚くようなことを言ってのけた。 「俺、今回美友に会えて良かったって思ってる」

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