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第286話

 鐘崎にとっては、それこそ驚かされるような言葉だった。 「正直……気になってたんだよね、俺。お前に許嫁がいたって聞いた時から……どんな女なんだろうって。とっくに解消になってるとはいえ、彼女の方ではお前のことをどう思ってんだろう……とかさ。だから直接話す機会が持てて良かった。あの娘、今でもお前のこと……想ってて……」 「紫月――だが、俺は……」 「ん、分かってる。お前の気持ちも、勿論。美友には気の毒なことしちまったかも知れねえけど、俺もちゃんと自分の気持ちを伝えたんだ。遼のこと、俺もすげえ大事に想ってて……諦められねえってことも正直に言った。美友は……分かってくれたよ」 「……」 「申し訳ねえなって、すげえ思った。けど、嘘はつきたくなかったから正直に自分の気持ちを言ったんだ。俺……俺さ、美友にも……あの娘にも幸せになって欲しいって思う。いつか――彼女のことを心から好いてくれる相手に巡り会ってさ、彼女もそいつのこと、誰よりも大切に想える――そんな相手に巡り会って欲しいって、そう思うんだ」  少し切なげに、そして苦しげに瞳を揺らしながら紫月は打ち明けた。 「な、遼――」 「……ん?」 「美友のこと、怒ってねえよな?」 「紫月――」 「彼女さ、お前はぜってえ許してくれねえって言ってたけど、俺はそんなことねえって言ったんだ。遼だってきっと……美友の気持ちは分かってくれるって。俺さ、お前らに……今回のことで仲違いとかして欲しくねんだ。だって……幼馴染みだろ? 美友は女だけど……大事な仲間に違いねえじゃん。お前にとっては勿論、俺も彼女のこと……いいダチになれればいいなって……思うんだ」 「紫月、お前――」  堪らずに、鐘崎は紫月を抱き締めた。ギュウギュウと、痛いくらいに苦しいくらいに腕の中へと抱き包み―― 「紫月――すまねえ。お前、あんな目に遭ったってのに……本当に……お前ってヤツは……」  声をくぐもらせ、紫月の髪に、頬に、その全てに頬ずりせんとばかりに鐘崎は抱き締めた。 「ありがとうな、紫月――」  言葉にならない万感の思いを込めて、二度とその手中から放さないとばかりに鐘崎は紫月を抱き締めたのだった。 ◇    ◇    ◇

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