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第287話

 鐘崎と紫月が甘いまどろみの中にあった同じ頃――彼らの父親たちもまた、一つベッドの中で身を寄せ合っていた。 「……ったく、容赦のねえ奴だな」  紫月の父親である一之宮飛燕(いちのみやひえん)が少々恨めしそうに僚一(りょういち)の腕の中で眉根を吊り上げていた。 「すまねえな。実物のお前がこの手の中にあるって思ったら加減がきかなかった」  僚一は苦笑いと共に素直に詫びる。 「そりゃ、俺だってそうだが……それにしても、こちとら数年ぶりなんだ。ちっとは加減しろっての」  何気なく呟かれた飛燕の言葉だったが、僚一は逸るように瞳を見開いた。 「……っと、前に会った時は、まだボウズ共が小学生だったな? ってことは、五年ぶりくらいか」 「六年と四ヶ月ぶりだ」 「……そうなのか……。お前さん、やけに細かく覚えてんだな」 「当たり前だ」  若干デリカシーに欠けたような僚一の大雑把さに、飛燕としてはもう二言三言恨み言を付け加えたくなる気分だ。少々呆れ気味ながらも、穏やかな表情で笑った。  そんな彼を後方から抱き包みながら僚一が問う。指で髪を梳いては、何をするともなしに弄ぶ。こんな仕草はまるで息子の鐘崎遼二が紫月にしているのとそっくりである。やはり親子だ。 「なあ、飛燕――」 「ん?」 「お前さん、この六年の間――どうしてた?」 「どうって……何がだ」  飛燕には僚一が何を訊かんとしているのかが分かっていたが、敢えて素知らぬふりを装う。 「俺がどう過ごしてたかなんて、お前だって知ってるだろうが。会ってねえってだけで、手紙のやり取りはしてたんだ」  そう、僚一と飛燕は未だに電話やメールなどのハッキングに繋がりやすい方法では連絡を取り合ってはいない。 「まあな。今の時代にゃ化石のようなやり方だな」  僚一も苦笑で応える。――と、飛燕が静かに口を開いた。 「お前さんが心配するようなことは何もねえよ。俺はずっと一人だった。遊びで誰かと寝たこともなければ、本気で付き合った相手も無論のこといねえよ」  言葉はぶっきらぼうだが、飛燕の頬はわずか朱に染まっている。さすがの僚一も、あまりの直球さ加減に苦笑いを隠せない。参ったなとばかりに、抱き締める腕にも力がこもる。 「飛燕……」 「……ったく、くだらねえ心配してんじゃねえよ」  飛燕は呆れつつも、敢えて僚一には同じ質問をせずにいた。お前の方こそどうなんだ――そう訊きたい気持ちもなきにしもあらずだが、今ここで会えなかった間のことをどうこう言っても始まらない。二人の間に互いを想う気持ちが存在するならそれでいい。それ以外のことは取るに足らないことだ。  道場を開きながら男手ひとつで紫月を育て、いわば平穏といえる生活を送っていた自分と、香港の裏社会に身を置き、常に危険と隣り合わせの任務を遂行していた僚一とでは、種々事情も考え方も違って当然であろう――もしも僚一が欲望の解放の為だけに一夜限りの相手と縁を結ぶようなことがあったとしても、取り立ててそれを責めるつもりはない――飛燕はそう思っていたのだ。

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