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第289話

「足を洗うって……お前、それ……」 「お前と離れて暮らすことを決意したあの十数年前の時から考えてた。いつかボウズ共が大人になって、そうしたら奴らにも俺たちの気持ちを打ち明ける。そして四人で一緒に暮らしたい。それまでに稼げるだけ稼いでおこうってな。この稼業から足を洗う時も、後々面倒事を引き摺らねえように、身の周りの整理も含めてやってきたつもりだ。俺は遼二を連れて川崎に帰って、お前と紫月の側で暮らしたい。ずっとそう思ってきた」  飛燕は驚いた。まさか僚一がそんな未来を思い描き、しかもその実現に向けて画策しているなどとは思いもしなかったからだ。無論、もっと遠い将来にそんな日が来ればいいと夢に見なかったわけではないが、僚一はそれら夢の実現に向けて地道に頑張ってくれていたのだ。まさに言葉にならない感動であった。 「だが、実のところ遼二のヤツに先を越されちまったな。まさかあいつが紫月に惚れちまうだなんて……正直予想外だった。お前から送られてくる写真を見て紫月に興味を抱き、遂には日本に留学したいだなんて言い出しやがった。あいつの行動力には驚かされたぜ」 「ああ……それについては俺も驚いた。初めて紫月が遼二君を家に連れて来た時は心臓が止まるかと思ったぜ。何せお前は何も教えてくれねえし、遼二君はお前に瓜二つってくらい似てたからな」 「事前に知らせなかったのはすまなかったが……。その後、割とすぐだったよ。遼二のヤツから紫月とのことを打ち明けられたのは。やっこさん、紫月と真剣に将来のことを考えてると抜かしやがった。全く……若さってのは羨ましいと思ったぜ」  僚一は苦笑しつつも、若い彼らに思い切り触発されて、背を押されたようだと言って笑った。 「予定より少し早いが、かねてからの夢を実現しようと思う。飛燕、改めて……云わせてくれ。俺と一緒に生きてくれないか」 「僚一……」  頷く代わりに、飛燕の双眸には熱い雫がじわりと湧き上がり、みるみると満たされていった。 「僚一――」 「ん?」 「俺も……同じだ」 「――同じ?」 「道場が休みの日、紫月が学校に行ってる時間に……いつもお前の家に行った。お前が造ってくれたあの地下室で……お前を想いながら自慰をした。お前にめちゃくちゃにされる想像をしながら……愛されるよりも犯される、そんな想像ばかりしていた」 「飛燕……」 「それくらい……お前が俺を欲しがってくれていたらいい。激しく……気が違うほど抱かれたい……いつもそう思ってた」 「飛燕……!」  互いに同じことを思い、想像し、強く激しく互いを求めていた――例え遠くに離れていても、互いを想い合う気持ちはそれ程までに同じだった。感極まる思いに代えて、二人は今一度激しく抱き合ったのだった。 ◇    ◇    ◇

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