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第292話
きっと、美友も紫月に会い、彼の性質に触れたことで、踏ん切りが付いたのだろう。それと共に、遼二への想いもまた――少しずつだが形を変えるきっかけになり得たのかも知れない。
今の彼女には、焦れや嫉妬といった負の感情よりも、あたたかい友情の気持ちの方が勝るようになったのだろう。二人の様子を側で見ていた帝斗らにもそんなふうに思えたのだった。
「紫月、アタシも遼二とあなたの幸せを願ってるわ」
「美友――」
「だからちゃんと言うのよ? アタシが教えた言葉」
きっと遼二も同じ言葉を返してくれるはずだから――!
美友の朗らかな笑みに午後の日射しが差し込み、より一層美しく、やさしく輝いていた。
そこへ搭乗手続きを終えた鐘崎と氷川が戻って来た。
「よう! 待たせたな。ああ、お前も来てくれたのか」
美友に気付いた鐘崎は、彼女にも見送りを労うひと言を掛けると、
「さぁ、そろそろ時間だ。行くか」
紫月を伴って搭乗口へと向かった。紫月は後ろ髪を引かれるように振り返ると、
「美友、日本に来る時は連絡くれよな! 俺んちの道場を案内するからさ!」
そう言って、手を振った。
「ありがとう! 必ず連絡するわ。あなたたちも元気で……! 気を付けて帰ってね」
千切れんばかりに手を振り返しながら、とびきりの笑顔でそう叫ぶ彼女の頬に、幸せの涙の雫が一筋こぼれて伝った。そんな彼女の隣には、やさしげな表情で佇む鐘崎の父親である僚一の姿があった。僚一は皆と一緒に搭乗はせず、帰国の為の残務整理の為、一人香港に残ったのだ。
「よし、それじゃ帰ろうか。送っていくぞ」
「ええ。おじさま、ありがとう」
僚一を見上げた美友は、少しの寂しさと切なさを振り切るように晴れやかに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
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