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第294話
「ウォーアイニーだ? ああ、そりゃ愛してるって意味だ。英語でいうところの”アイラブユー”ってな」
「えー、紫月ってば意味知らないで鐘崎君にそれ言ったのかよ?」
帰国後に氷川と冰からそう聞かされて、これまた散々に冷やかされた紫月だった。
「つーかさ、冰は知ってたのかよ?」
「ま、まあな。そのくらいは……」
「マジかよ……。なんか俺一人がパーみてえじゃん……。ああー、畜生! 俺も本格的に広東語習ってやる!」
焦れる紫月に、
「おー! そんじゃ、俺が手取り足取りティーチャーしてやっか?」
「え!? マジかよ! そんなら俺にも教えてくれよ!」
氷川と冰がじゃれながら笑い合う。
夏真っ盛り――、一之宮道場の縁側は今日も明るい笑い声に満ちあふれていた。
そして晩夏を告げる虫たちの声が賑やかになり始めた頃、香港での種々の手配を終えた鐘崎の父親・僚一が飛燕のもとへと帰国して来たのだった。
「さて、これからは家族四人水入らずで過ごせるぞ!」
意気揚々と言う僚一に、
「水入らずはいいけどよ……四人って……いったいどっちに住む気なんだよ」
鐘崎が呆れたように瞳を丸くする。
「どっちだっていいわな。ここもあっちも両方俺らの家だ」
「いや……どうせなら別っこに暮らさねえ? 親父たちはこっち。俺らはあっちで……いや、その逆でもいいけどよ」
カップル同士で暮らしたいふうな鐘崎に、紫月は全く反対のことを言ってのけた。
「や、一緒の方が便利じゃね? んだって、メシの支度とか面倒じゃん。四人でやった方が当番が少なくて済むし」
「紫月、お前なぁ……それじゃ、いろいろ不便だろうが。特に夜とか……」
思ったままがつい口に出てしまった鐘崎に、父親の僚一がすかさず頭を小突いた。
「くぉっら! ガキのくせにマセたこと抜かしてんじゃねえ」
「はぁ!? 俺は親父たちのことを思ってだな……」
普段はクールな印象の強い鐘崎のやんちゃぶりにドッと笑いが湧き起こり――
そんな一同の頭上にはやわらかな初秋の陽射しが降り注いでいた。
◇ ◇ ◇
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