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第30話 焦燥の日々

 その日以後も鐘崎とはすっかり仲間内の意識が定着してか、放課後も含めて四六時中行動を共にすることが多くなっていった。  川崎を――もとい日本を案内してやるぜとばかりに、自分たちが行きつけのゲームセンターやらショップやらを連れ回し、剛も京も、そして鐘崎当人も本当に楽しげだ。そんな彼らを見ていると、最初の内ウジウジとためらっていたことがバカらしく思えるようにもなってきて、何とかうまく付き合っていけそうな気もするのだった。  そして今日も例に漏れず一緒に下校。お決まりのコースをぶらぶらと徘徊した後に誰かが小腹がすいたと言い出して、行きつけの喫茶店でピザトーストを頬張っていた。 「なあ遼二ー、お前ってすっげ日本語うまくね? つか、流暢だよなー。あっち(香港)じゃ中国語だったんだろ?」  ずっと不思議に思ってたんだけど――といった調子で京が切り出せば、剛もまたしかりと頷いた。そんな問い掛けに鐘崎は少々照れ臭そうに微笑むと、 「ああ、広東語な。俺んとこは親父が中国人だけどお袋はこっち(日本人)なんだ。川崎生まれでさ、四天学園に入ったのもお袋の実家が近いからってことで」  自らの経緯をそう説明してみせた。 「へえ、そーなんだ」 「けどウチは両親ともに家を空けることが多かったっていうか……出入りが激しくてせわしなかったんだ。で、そんな両親の代わりにガキの頃から俺の面倒を見てくれてたのが親父のダチっていうか、親友みたいな人でね。その人が向島生まれの向島育ちだったってわけ。まあお袋と話すときは日本語って時も多かったから」  その『よく面倒を見てもらった』という向島育ちの人が結構な祭り好きで、だから毎年五月になると地元の祭りで神輿をかつぐ為に必ず帰国をすることや、転入にあたって現在も一緒に日本に来ていること、例のデカイ弁当も毎日彼が用意してくれていることなど、次々と鐘崎のことを知る内に、紫月は何ともいえない不安感に襲われるような気がしていた。  やっぱりダメだ、前言撤回。  ついさっきまでは案外うまくやっていけそうだなどと思っていたが、やはり自信がない。  鐘崎のことを知れば知る程、そして側にいて彼の表情仕草のひとつひとつを見聞き感じる程に、どんどん自分の中の想いが膨らんでしまうようなのだ。  あふれ出る泉のようにとめどなく、そしてとどまるところを知らない激情を最早コントロールできそうもない。こんな気持ちになったことは今までなかった。  ちょっといいなと感じた同級生に対しても、憧れた部の先輩に対しても、はたまたゲイバーで知り合った誰かにも、こんなに気持ちを揺さぶられたことはない。  初めての想いに紫月はほとほと戸惑いを感じながらも、表面上は涼しい顔を繕うことに必死になっていた。

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