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第31話

 せっかく盛り上がっている剛や京の気分を害するのは気が引けるというのも無論だが、何より周りの誰にもこんな思いを気付かれたくないという方が強かったかも知れない。  そんな紫月の胸の内をよそに、剛と京は鐘崎を囲んでどんどん別の話題に花を咲かせていた。  ふと、京が「そういえば桃稜の氷川の家も香港で貿易会社かなんかをやっているんだっけ」などと口走ったのをきっかけに、そいつのことを知っているかという方向に話が向いていった。 「その氷川って野郎も俺らと同じ年なんだけどさー、それがまたとんでもイケすかねえ野郎でさー! 貿易会社やってるって話だけど遼二知ってっか?」 「さあ、俺は企業のことは詳しくねえから……。親父なら知ってるかもしれねえが」  そんなやり取りにも格別には口を挟まずに、視線だけを彼らへと向けながら、紫月は未だ黙って聞いているだけだった。 「そーいやさ、桃稜の奴ら! あれからトンと音沙汰無しだけどよー、どーなってんだ? 氷川があのまま黙ってるわきゃねーべ!」 「だよな? あン時の勢いじゃ速攻で果たし合いにやってくるって踏んでたんだけど……そういやすっかり忘れたわ、ソレ!」  お前も何かしゃべれよといった調子で、剛らが紫月に話を振る。 「どーしたよー? おっ前、さっきっからトンと黙んまりじゃねえ? ピザだってロクに食ってねえし、なんか悩みでもあんのかー?」  ガシッと紫月の肩を抱き込みながら剛がおどけたように耳元でそう囁いた。  まるで子供をあやすかのように髪を撫で、ツンツンと肘で頬を突き、わざとベタベタと引っ付きながら機嫌を窺う。悪ふざけを装うふりをしてそれとなくこちらを気に掛けてくれる、こんなやり方は彼ならではの特有の気遣いだ。  場の雰囲気を壊さないようにごくごく自然になされる繊細な気遣い――  紫月はそれに気付くと、『申し訳ない、敵わねえな』といったようにくしゃりと瞳を細めながら、抱き寄せられるままに剛の肩へと頬を預けた。 「別に……何でもねえよ」  皆にも聞こえる声でそう返し、そしてもうひと言、剛にだけ聞こえるくらいの小声で「サンキュ」と耳元に落とした。 「こっら! てめえら、何ホモってんだって!」  剛と紫月のこんなことはさして珍しくもないのか、それとも茶飯事なのか、バカウケとばかりに京が大笑いをしながら冷やかし半分で身を乗り出しては、双方の頭をパコンパコンと叩いた。  和やかで心地の良い空気に一瞬の安堵が身体を包み込む――  チラリと横目に、控えめな視線で鐘崎がこの様子を見つめていたことに、紫月をはじめ誰も気付かなかった。 ◇    ◇    ◇

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