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第32話
てめえらが食わねえんなら俺がもらっちまうぜとばかりに京が皿半分に残っていたピザに手を出して、モゴモゴとかっ込みながら談笑する。その背後から、トレーいっぱいにコーヒーを運んできたマスターの男がひょっこりと顔を覗かせた。
「なんだー、てめえら。まだ桃稜の奴らといがみ合ってんのかー? 相変わらず進歩のねえヤツらだなー」
ニィ、っと冷やかすようにそう言ってはおもしろそうに笑ってみせる。
ここのマスターというのは紫月らと同じ四天学園のOBで、彼らよりも一回りも年上の大先輩だ。しかも在学当時はやはり紫月らと同じく学園の番格的存在だった故に、よき理解者でもあるというわけだった。
そんなマスターが見慣れない鐘崎の存在に気付いて、「お! こりゃまた、えれー男前じゃねえか!」と声を掛けたのを受けて、京が自慢げに紹介をしてみせた。
「こいつはね、俺らのクラスの転入生なんスよ! 香港から越して来たばっかでさー」
「へえ、香港からねえ? しっかし見れば見るほどイイ男ってーか、あんた相当モテるだろ?」
「おいおいマスター! 俺らを差し置いてそりゃねーっしょ! 俺だって十分イイ男でしょーがッ!」
京のノリのよさは相変わらずだ。
だが、そういえば鐘崎のそういったことはまだ聞いていないというのを思い出したようにして、京が興味津々で身を乗り出した。
そういったこと――とはつまり鐘崎の女性関係のことなどだ。
「そういや遼二! お前ってオンナとかいんの?」
「オンナ――?」
「そ、オンナ! つか、彼女とかさ、恋人とか付き合ってるヤツとか好きな娘とかそうゆうの!」
「京、それ全部意味同じだ!」
テンポよく繰り広げられる剛と京のボケとツッコミに、しばしマスターも交えて場が盛り上がる。
そんな雰囲気をよそに、紫月だけは内心ドキドキとさせられながら皆の話の成り行きを静かに窺っていた。
嫌な話題を振りやがる――
そう思いながらも、鐘崎のそっち関係が気に掛かるのは確かだ。
マスターに言われるまでは気が付かなかったが、よくよく考えてみれば彼にオンナがいたとしても格別不思議ではない。だとすればその相手は香港にいるということだろうか、ふと脳裏に『遠距離恋愛』という単語が浮かぶ。
あるいは共に来日していたりとか……。
まさかな、いくらなんでもこの歳で婚約者がいるというわけじゃなかろうし。
――知りたい
彼にそういった相手がいるのかいないのか。
だがその答えを聞いてしまうことに焦燥感が湧き上がるのも否めない。
というよりは聞きたくもない――のが正解か。
ああ、もう……!
なんだってんだ。頭の中はぐちゃぐちゃ、ワケが分からねえ――!
紫月は次第にバクバクと音を立てて逸る心拍数を抑えながらも、表面は無表情を装うのに必死になっていた。
「別にいねえよ。恋人とか彼女とか、そういうのはいねえ」
「マジでかッ!?」
どわっ、と盛り上がった京たちの合間から、ちらりと覗き見た鐘崎の視線が一瞬こちらを振り向き、とらえた。
――意識するよりも早くにホッとする内心。
――まだバクバクと鳴りやまない心臓音。
それらすべてをポーカーフェイスの内側に抑え込みながら、視線だけを鐘崎へと向けたその瞬間――同じようにこちらを窺うような視線と視線とが触れ合った。
あまりしゃべらずにおとなしく皆の会話に耳を傾けているだけだった紫月のことが少々気に掛かっていたというわけではなかろうが、何故だろう、同時に互いをとらえるように二人の視線が重なり合って――
大はしゃぎしている京たちの隙間から互いを垣間見るかのようにして、紫月と鐘崎はしばし無言のまま見つめ合い、どちらからともその視線を外せずにいた。
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