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第33話 報復戦

 そんな間合いに耐え切れずというわけじゃないが、紫月はちらりと手元の腕時計に視線を逃がすと、そろそろ引きあげるかといった調子で立ち上がった。 「おわーっと! ホントだ、もうこんな時間かよ!」  既に午後の九時を回っているのに気付いて、京が慌てた声を上げた。「やべえよ、晩飯片付けられちまう」などと言いながら、急いで学ランを羽織って店を出た。 「あれれ、紫月は? もう行っちまったのかよ? あの野郎ー、相変わらず愛想無えんだから」 「遼二、お前の家どっちだ? 方向同じだったら一緒に帰っか?」  一足先に店を出て行った紫月の後ろ姿が遠くなるのを見送りながら、剛と京がそんなふうに誘ったが、 「いや、俺はちょっと本屋に寄ってくよ。やっと教科書が入ったとかって担任に言われてんだ。それ、取りがてら帰るわ」  そう言って、三人はその場で別れた。  その後、書店で教科書を無事に入手した鐘崎は、足早に駅前の繁華街を歩いていた。その時だ。 「――四天の一之宮を見つけたぜ」  すれ違いざまの男が携帯電話を片手にそう口走ったのに、ハッとしたようにそちらを振り返った。  見れば、自分たちのと似たような学ラン姿の男がキョロキョロとしながら誰かと電話をしているようだった。人の波をかき分けるようにして、割合足早のまま会話が続く。  『四天の一之宮』という言葉が気になって、後を追いながら男の会話に耳を凝らしていた。 「一之宮の連れの奴らは別の方向に帰って行くのも確認した。ヤツは今、駅前の通りをそっちに向かって歩いてやがる。もうちょいで歩道橋を渡り終えるから、ヤツが降りてきたところを押さえろ。予定通り頼むぜ」  受話器ごしにそんな指図をしている男の視線の方向を見やれば、電話の相手なのだろうか、やはり携帯を片手にこちらの様子を窺いながら手を振っている男が目に付いた。彼もまた学ラン姿であることから察するに、仲間同士といったところだろうか。その男以外にも数人がいるのが見てとれる。  その直後、彼らが今しがたの会話通りに歩道橋から降りてきた人物を素早く取り囲んだのに気が付いて、鐘崎は足を留めた。  遠目からなのではっきりとは確認できないが、背格好や髪の感じからして紫月によく似ているふうに感じられた。目の前を急ぐ学ランの男がそう話していたからという先入観もあったろうが、目を凝らしてよくよく見れば――やはり紫月のようだ。  複数車線に絶えなく車が行き来する大通り――  その合間から紫月らしき男を取り囲むようにして数人の男たちが確認できる。 (誰だ、あいつら……?)  一見にしてあまり素行のよくなさそうな数人がイキがるようにして彼を取り囲んでいる。  何だかよからぬ雰囲気に鐘崎は眉をしかめた。  車の往来は止まらない――  しばらく大通りに立ち尽くし、睨み合いのようなものを繰り返した後、彼らの一団に引きずられるようにして、その男が脇の細い路地へと連れ込まれていくのが確認できた。  車のライトがその後ろ姿を映し出す――  薄茶色の髪、ゆるやかな天然癖毛ふうの長めのショート――間違いない。やはり紫月だ。鐘崎は眉間のしわを更に険しく歪ませると、目の前を行く彼らの仲間らしき男の後をつけるようにして、足早に走り出した。 ◇    ◇    ◇

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