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第34話

「よう、一之宮。――待ってたぜ」  幾度か路地を折れ曲がった一角の、とある空き店舗のような薄ら狭い所に連れ込まれて、声の主の方をジロリと睨み付けた。  通りの向こう側から鐘崎が確認した姿はやはり紫月で当たっていた。喫茶店で皆と別れた後、一人になったところを狙っていたとでもいうように取り囲まれて現在に至る。  周囲には小さなカラオケスナックや小料理屋、パブにバーといった類の店がずらりと軒を連ねている、ここは繁華街の最端だ。  その中の一店舗らしき所のようだが、表に『テナント募集』のすり切れた張り紙が貼ってあったところを見ると、しばらくは使われていないというところか。おそらくは周囲の店同様、バーかスナックだったのだろう、店内には埃のかぶったテーブル類と煙草の灰で焦がしたような痕の残ったソファが無造作に置かれている。  そのひとつに腰掛けながら、満足そうに煙草をふかし仲間を従えているその男を目にすると、紫月はチッと軽い舌打ちと共に面倒臭そうな苦笑いを漏らしてみせた。 「――氷川か。こんな晩飯時に丁寧な迎えまでよこして御苦労なこったな?」  何の用だ、などと訊くまでもないが、どうせこの前の仕返しに出てきたのだろうと思うと、ますます面倒臭いといった溜息を漏らさずにはいられない。そんな態度が彼らの感情をあおることは言うまでもなかろうが、紫月はホトホトうっとうしそうに大袈裟なほどの嫌悪感をゼスチャーしてみせた。  そんな様子に氷川の方は呆れ半分、同じように溜息まじりだ。 「ったく、いちいち癇に障る態度すんだよなー、お前って。まあいい、仰せの通りの晩飯時だ。俺も腹減ってイラついてたとこだし……今日はちょっとばかし覚悟してもらわねえと……な?」  ニヤッと不敵に口元をひん曲げながらも目が笑っていないのが分かる。  この前のお礼参りだ、今度は容赦しねえと物語っていることもしかり。先日の番格勝負で泥を塗られた報復戦ということだろう、自らを取り囲んだ桃稜の連中は数にしてざっと二十人といったところか。彼らを従えながら頭領である氷川がギラギラとした目つきでこちらを見据えている。 「で、どうするわけ? さしずめ俺はてめえらにボコられるって寸法?」  遅かれ早かれこうなることは予測していたし覚悟もできているという意味なのか、あるいはこの人数を相手取って尚、勝機を諦めてはいないということなのか、置かれている状況にはおおよそふさわしくない程の余裕の態度で紫月は氷川を見下ろした。

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