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第35話

 だが氷川はそれを上回る余裕しゃくしゃく、ゆったりと煙草をひねり消しソファから立ち上がると、懐から大事そうに何かを取り出しながらニヤニヤと笑ってみせた。 「ホントはさー、こーゆーの趣味じゃねえのよね俺? 集団リンチとか多勢に無勢とか? 卑怯な野郎ーって感じでいかにもカッコ悪ィじゃねえのよ? だがてめえにゃこの前の借りもあることだし、そう悠長なことも言ってらんねえってな。まあ、けど……俺ってやっぱ元がやさしくできてるからよー? お前にもちっとはイイ思いさしてやんよ――」  手中にした小瓶のような代物をポンポンとお手玉を扱うように投げてはキャッチし、投げては受取りを繰り返す。  クイと顎先で仲間内に合図を出しながら満足げな感じで薄ら笑いを浮かべた。と同時に自らを取り囲んでいた男たちが一斉に殴りかかってきたのに、紫月はヒョイと身軽にそれらをかわすと、襲いかかってきた数人を一気に返り討ちにして狭い床へと放り投げた。 「あ~あ、やっぱバカ強えなーお前……」  あっという間に仲間の半分が倒されて方々に転がされているその状況に、氷川は呆れ半分にしながらも未だ余裕の表情で掌の小瓶を弄ってばかりだ。  その直後、じゃあそろそろ本気を出すかなというようにして、突如氷川自らの拳が目の前に飛んできた。 「――っ!? く……そっ!」  床に転がっている雑魚連中とは違って、やはり氷川には手こずらさせられる。加えてこの狭さに薄暗さ、紫月はしばし氷川の攻撃を避けるだけで手を煩わされてしまった。  そんな折だ。  やはり多勢に無勢では分が悪いということだろうか、それともこの劣悪な環境も手伝ってか、後方から鉄パイプかバットのようなもので思いっきり足元を叩かれたのを機に、紫月は彼らの前で膝を付き、あっという間に手中に墜とされてしまった。 「――ぐはッ……! っ……っぁ」  足元を崩されてはどうにも攻撃が避けられずに、しばらくは袋叩きを免れなかった。脇腹や背中に飛んでくる蹴りは容赦なく、身を守るように腹を抱える格好でうずくまっているところにもってきて、今度は靴で頭を踏み付けられた。  髪を掴み上げられ頬を思いっきり張り倒されて、唇が切れて血が滲み出る。  真っ赤に腫れた頬は次第にどす黒い痣となり、額が切れて鮮血がポタリポタリと滴り落ちる。  耳の裏から首筋を伝った流血が、学ランの襟を濡らして白いシャツを染め上げて――  さすがに朦朧とし、立ち上がることはおろか、おいそれとは動くこともままならずに、その場にうずくまったまま声さえ出せない。イキがることも強がることも、反撃などもっての他だ。覚悟していたこととはいえ、もう意識が付いていけないほどに苦痛だった。

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