5 / 191
異世界へ(5)
「そうだ。」
そう言ってサイドテーブルを指差した。
そこにあったのは、自販機で買った時に変に光ったミネラルウォーターのペットボトル!
中身がなく、ボトルだけがくしゃりと歪んでいた。
「それは聖水なんかじゃなくって、ただの水です!」
ルースは首を横に振り
「それのお陰でこちらに来るパワーが強力に働いた。
あの時間、あの場所で、それを持っていたからこそ召喚できたんだ。」
府に落ちない顔つきの俺に淡々と告げた。
「先祖代々から続く水鏡が、お前が生まれた時に教えてくれた。そこに映るのは、王の番のみだからな。
俺はそれからずっとお前の成長を見守ってきたんだ。
こちらに来るのは、いつかいつかと心躍らせながら。
…時が満ちて、あの日時あの場所で、やっと召喚できたのだ。」
「この状況、どう考えたって嘘でしょっ!?
タチの悪い悪戯はやめて下さいっ!!
TVカメラ何処ですかっ!?
冗談はやめて、早く俺を日本に帰して下さい!!
それに番だなんて…俺、男ですよ!?
…でも、手当てをしていただいたことは感謝します。」
一気にそう叫ぶと、ルースは悲しい目で俺を見つめる。
「…霙、悪戯でも冗談でもない。
お前は俺の番となるべく選ばれてここに来たんだ。
我々にとって、性別は関係ない。
それに、ここに来た時点で、人間界でのお前に関する記憶も記録も全て消え失せている。
…もうあちらの世界では、お前は最初から存在していないのだ。当然戸籍もない。
お前の名前を告げても、知り合いも、誰も知らない。」
「そんな馬鹿な…」
ちょっと待って…
俺は、偶然あの時間にあの公園にいて、偶々買ったあのペットボトルを持っていたせいで、ここに連れてこられた、ってことなのか?
…俺の存在がないって、じゃあ、俺を知ってる全ての人達が、俺を『知らない』というのか?
そんな、そんなことがあるなんて。
嘘だろ?
誰か嘘だって言ってくれよ。
何度瞬きしても、目を擦っても、ルースは消えない。
…握られた手の温もりは…消えない。
ともだちにシェアしよう!