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刺客(1)

荒屋(あばらや)を後にした黒髪の男は、元来た道を音もなく走っていた。 頭の中を整理しながらひたすら走り続けた。 ターゲットは国王の番!? 確か、番は異世界から来た男だと聞いている。 俺を北の塔から脱獄させ繋ぎを取っている奴は、その素性を隠しているつもりだろうが…神官グルディの手の者だ。 国王を支えるべき立場の者が、その命を狙うだと!? あの男が国王にとって変わって、表立って政を行うとは思えない。 そんなことをすれば国民から反感を食らうに決まっている。 きっと、その奥に王座を狙う奴がいるはずだ。 国を支配したがるのは……義弟のラジェか!? そうだ…きっとそうだ。 さっき、ドアに隠れた人の気配を感じていたが、あれは恐らくラジェだろう。 身を潜めて俺達の会話を盗み聞きしていたのだろう。 世間では、“愛くるしい笑顔の王子”“心優しい王子”ともて囃していたが、俺にはそうは見えなかった。 公の場で数度見たことがあるが、張り付いた笑顔の奥の冷たい瞳に寒気を覚えた記憶があった。 王家の者達は、正統ではない血筋の義弟を本当の家族のように扱っていたように見えていたのだが…奴はそう思っていなかったのかもしれない。 そういえば… 裏界隈でまことしやかに、こう囁かれていた。 『王妃の命を奪ったのは、腹違いの息子のラジェだ』 その噂を流した者達が、知らぬ間に姿を消していって、その話はタブーとなり、いつしか誰も口にする者はいなくなった。 そのことが『それは本当だ』と伝えているのに。 だが、グルディに操られているだけかもしれない。 見る限り、あの義弟にはそんな知恵も人脈もないはず。 恐らく、操り人形として踊らされ、実権はグルディの手に… 俺は…その犯罪の片棒を担がされようとしている。 でっち上げられた無実の罪のために……

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