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刺客(2)
この黒髪の男の名はタールファという。
実家は城の外で商いをしていた。
そこそこに儲けがあり、タールファとその弟妹 達は、何不自由なく暮らしていた。
彼が成人を少し過ぎ、独り立ちを始めようとしていたその頃、お人好しの父親が親友の保証人になっていたせいで、家も土地も財産も全て無くしてしまった。
それでもまだ借銭の完済には及ばない。
心労から父は倒れてしまい、働き手を失った一家に様々な苦労がのし掛かる。母と一緒に昼夜となく働くが、全て返済に消えてそれでもまだ足りない。
若いタールファが頑張って働いても働いても、一家5人を十分養うまでにはならなかった。
日々の食べ物にも事欠くようになり、どん底の生活が始まった。
それまで付き合いのあったひと達は、手のひらを返したように、彼らから離れていった。
育ち盛りの弟や妹は、それでも聞き分け良く母の代わりに家事手伝いをしていた。
慎ましいながらもみんなで父を労り母を助け、必死で働いていた。
そんな時、事件が起こった。
タールファの雇い主が殺められた。
店の売上げがタールファの鞄に詰め込まれており、また凶器とされた弓矢には、タールファの指紋がついていて、彼は問答無用で逮捕された。
勿論、身に覚えのないこと。
どんなに弁解してもアリバイを伝えても、全く聞いてもらえない。
この龍の国では、命を奪う行為は御法度。
その法を犯した者は、その命が尽きるまで永遠に北の外れの塔に幽閉される。
そこは雪と氷に閉ざされた場所。
寒さと孤独に震えながら、自分が犯した罪を悔いて一生を過ごさねばならない。
タールファは暴れに暴れた。
「恩義を感じているひとをどうして手にかけなければならないんだ!?
俺はやっていない!
信じてくれ!
俺には食わせていかなければならない家族がいるんだ!
そんなバカなことをするはずなんかない!
もう一度、ちゃんと調べてくれ!」
だが、彼の声に耳を貸す者は誰一人としていなかった。
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