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刺客(5)

今まで堪えてきた涙が溢れ出した。 「…っ……ぐっ…うっ……ぐうっ…」 後から後から、滂沱と流れる涙。 嗚咽も止まらない。 どうして。 どうしてこんなことに。 俺が何をしたというのか? 俺はこんな所で一生を終えねばならないのか。 家族の生活はどうなる。 母さんひとりでは、この先が見えている。 何故だ、何故こんなことに。 塩分を含んだ涙は、あちらこちらにできた傷に染みて更にタールファを痛めつける。 痛い。 痛い。 身体よりも心が痛い。 誰か、誰でもいから助けてほしい。 悪魔にでも喜んでこの命を差し出すから、せめて俺の大切な家族を助けてくれ。 助けてくれるなら何でもする。 俺の命なんかいらない。 だから、だから……… 「タールファと言ったな。」 突然暗闇から声を掛けられて、タールファは驚きの余り飛び上がった。 「だっ、誰だ?」 ぬっ、と現れたのは、一見して質の良い服を着た年配の男だった。 これは……城に関係する高貴な身分の方に違いない。 「私はからの依頼でお前を助けに来た。 無実の前途ある若者を無駄死にさせるのは忍びない、と仰ってな。 だが、あれだけ証拠が揃っていては判決を引っくり返すことはできない。 だから、脱獄の手助けをしてやる。」 思いがけない申し出はにわかに信じ難く、タールファはじっとその男を見つめていた。 そしてやっと口を開いた。 「…本当に悪魔が来たのか? 引き換えは俺の命か? 俺の、俺の家族を助けてくれるなら、こんな命、喜んでくれてやる!」 「私は悪魔ではないが……引き換えはお前の命…その言葉に嘘偽りはないな?」 「本当に俺の家族を助けてくれるのか!?」 「勿論。私のいうことを聞くならば。」 「…分かった…」 「では早速だが…」 それからの行動は素早かった。 翌日、タールファだと断定された男の遺体が荼毘に付された。 その頃既にタールファは、誰にも見つかることなく北の塔を抜け出していたのだった。

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