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SS:拝啓 義兄上様(1)

『こんな手紙を書くことをお許し下さい。 どうしても毛布のお礼を伝えたくて。 北の塔にやって来てからひと月が経とうとしています。 先日、お送りいただいた毛布はとても暖かくて、もう手放せません。 お心遣い感謝いたします。 ここでの生活はとても規則正しく、ひとり静かに写経をし祈りを捧げる日々は、凪いだ湖面のように静かに過ぎていきます。 あんな非道な罪を犯した私が、こんな穏やかな時間を過ごしても良いのかと、己の罪深さに恐れ慄き、枕を濡らすことも度々あります。 何故あのような甘言に惑わされたのか。 何故真実を見ようとしなかったのか。 あの時、私にもう少し思慮深さがあったのなら。 与えられた愛情を素直に受け止めていたならば。 全ては己の弱さが招いたこと。 誰かのせいではないと、今は断言できます。 いつの日か、この命が燃え尽きる時。 例えこの魂も肉体も八つ裂きにされようとも、赦しを請うことはないでしょう。 それだけのことをしてしまったのです。 今はただ、私のせいで命を失い、また不幸に陥れたひと達への贖罪と祈りを捧げるのみ。 光に満ちた龍の国が、益々美しく満ち足りた国になりますように。 ひたすらに祈っております。 どうぞお身体ご自愛下さい。 ラジェ』 ふぅ、と大きな息を吐いて、ラジェは書いたばかりの手紙を折り封筒に入れた。 そして丁寧に糊付けをして封をした。 出すアテのない手紙。 ラジェはため息をつくと、折角書き終えたその手紙を跡形もなく細かく破いて捨てた。 ここに来てから、何度となく繰り返される行為だった。 膝に掛けた毛布を撫でてみた。 ふわふわで暖かいそれは、義兄(あに)のようだった。 「ルース義兄(にい)様…」 頬に当てると、幼い頃くっ付いては遊んでもらったことを思い出した。 義兄は、いつも笑顔で嫌がる素振りもなく自分の相手をしてくれた。 ぽろぽろと溢れ落ちる涙は弾かれて、水滴となって落ちて行く。 ラジェは、決して戻らない日々を懐かしみながら、ひとり静かに頬を濡らしていた。

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