「伊織くん、どれがいい？」 　演劇部の部室にはびっくりするくらいたくさんの衣装が置かれている。 　伊織くんに着てほしくて張り切っちゃった。 　そう得意げに笑って言われた。 　どんなのがあるかな、ひとつひとつ確かめるように俺はゆっくりと足を進める。 「……オオカミ」 　目に入ってきた灰色の毛に俺は思わず反応する。 　そうだ、あの時俺は最初オオカミだった。 「あ、狼男にする？」 「ううん」 　俺は首を振った。 　あの日の写真には、オオカミの格好をした大和と、吸血鬼の格好をした俺の姿が残っている。 　かっこいいと言われるために二人で衣装を交換し、髪型まで直したのに。 　その顔は笑ってはいなかった。 　顔を真っ赤にしてぐちゃぐちゃに泣いていた。 　――あのとき。 　変身を終えた俺たちは、自分たちの姿を確かめるべく公園内のトイレへと向かった。 　二人で手を繋いで「俺たち、かっこいい」と何度も繰り返していた。 　もう「かわいい」ではないのだと。 　一度沈んでしまった俺の気持ちは大和のおかげで持ち直した。 　だけど。 　俺たちがトイレの前にたどり着いたとき。 　ちょうど中から数人、ヒトが出てきた。 　その姿を見た瞬間、俺たちは入り口で固まったまま大声で泣き出した。 　中から出てきたのはゾンビの格好をしたヒトたちだったのだ。 　今ならあれがただのメイクだとわかる。 　だけど、あのときの俺たちにそんなこと気づけるはずがない。 「おばけー！！」 「うわぁーん！！」 　逃げたくても恐怖で体は動かなかった。 　俺たちは互いの手を握ったまま、ただひたすら泣き叫ぶしかなかった。 　ゾンビの仮装をしたヒトたちがいくら「これはウソだよ」と言っても俺たちは信じられず、騒ぎを聞きつけた母さんたちが来るまで俺と大和はひたすら泣き続けた。 　あのあと勝手に商店街を抜け出したことも怒られたんだよな。 　散々なハロウィンの思い出。 　だけど。 「これにする」 「ヴァンパイアかぁ。うん、いいね」 　俺は黒いマントを手に取り、小さく笑った。