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『誕生日*当日』side伊織(1)

 ――大和はもう気づいてしまっただろうか。  ライトをつける前なのにすでに部屋の中は明るく、ずっと聞こえていたはずの雨音はいつの間にか消えていた。まだ少しぼやけた意識の中、俺はいつも通りの慣れた動作で頭の上へと手を伸ばす。枕元に置いていたスマートフォンに触れ、設定していたアラームの音が響く前に停止させる。  寝る直前までは蒸し暑さを感じていたけれど、今は少し肌寒いくらいに部屋の温度が下がっている。端に寄せてしまった布団を引き寄せて顔を埋めると、その柔らかな感触に覚醒に向かっていたはずの体が眠りの方へと戻り始める。 「んん……」  この目覚めてから体を起こすまでのわずかな時間があまりにも心地いいので、いつまででも味わっていたくなってしまうが、視線を部屋の奥へと向ければ、カーテンの隙間からは日差しが漏れている。 「雨、止んだのか」  ゆっくりと首を動かすと、柔らかな色合いが視界に映り込む。真っ白な壁に掛けられたカレンダーの半分を占めている紫陽花の写真。細い糸のような雨が降る中、青色とも赤紫色とも言い切れない淡く優しい色をした花を取り囲むように鮮やかな緑色の葉が広がっている。  ――空の色だけでなく、花の色さえも曖昧に揺らぐ、そんな梅雨の時期に俺は生まれた。  その景色を美しいと言う人もいたけれど、そのはっきりとしない変わり目の季節は肌にまとわりつく湿気と安定しない気温に包まれていて、俺はあまり好きではなかった。  ――好きではないけれど……。  自然と俺の視線は、花の輪郭を歪ませる丸い雫へと引き寄せられる。 「雨は、嫌いじゃないんだよな」  ――それは、きっと……。 「……んー、起きるか」  ゆっくりと起こした体に熱が回り始める。  大和に会えるのは夕方くらいだろうけれど、それまでに片付けておきたいことは色々とある。  窓から差し込む光の下、書きあがったばかりの書類を入れた封筒が机には置かれていた。    *  新しいクラスが張り出されたその日、新年度のバスケ部の活動はまだ始まってはいなかった。新しい監督が本格的に指導を始めるのは翌日からで、始業式とホームルームのみの学校は午前中で終わった。  大和と一緒に帰れるのは、もしかしたらもうしばらくはないのかもしれない。そんなことを思いながら、先に昇降口へと向かった俺は、校舎を出たところにある桜の木を見上げていた。風に揺れると音もなく丸い花びらが宙を舞い、咲いている花の中心はそのほとんどが赤く変わっていて、伸びた枝の所々で黄緑色の葉が見えている。 「もう終わりかな」  自然とこぼれ落ちたその言葉は、目の前で散っていく桜に対して言ったはずなのに、俺の胸の中に強い切なさを残していく。ポケットにしまっていたスマートフォンの画面を確認すると、そこには写真として切り取られた変わることのない一瞬が当たり前に存在していて、余計に胸が苦しくなった。  クラスが離れたから――一緒の教室にはいられない。  バスケ部が忙しくなりそうだから――一緒には登下校ができない。  大和には大和の、俺には俺の、優先すべきものや大切にすべきものがある。  その全部が同じでないのは当たり前のことで、状況や環境が変わっていくことを簡単には止めることができない。 「……もう少しだけ」  ――どうかもう少しだけ、気づかずにいたい。  何もわからずにワガママを言えるほど自分が子供ではないとわかっているけれど、全てを簡単に割り切れるほど大人にもなりきれない。自分の選択も、その先の未来も、本当はもう決めてはいたけれど、それでもまだ自分の気持ちが固まりきれてはいないとわかっている。  ――今はまだ、このままの世界で……。  どんなに願っても、どうしようもなく変わっていくことがあるのだと、俺はもう知っているから。  俺よりも十分ほど遅れてやってきた大和が「明日からは学校に行くのも、帰るのも一緒にはできないと思う」と言って、ため息とともに大きな肩を落とした。その姿があまりにも悲しそうだったので、俺は上履きを靴箱にしまう大和を見ながら「じゃあ、今日はこのまま(うち)でご飯食べる?」と聞いていた。  俺の言葉に振り返った大和は、指にスニーカーを引っ掛けたまま、ほんの一瞬だけ視線を泳がせた。 「……昼飯なに?」 「一晩おいたカレー」 「‼ 一番美味しいやつじゃん‼ 行く‼」  わずかに見せた躊躇いが何を意味していたのか、そんなことを考える必要もないくらいに大和は声を弾ませて笑っていた。    *  ケーキの入った箱を受け取ると同時に、下げた視界の中に大和の足元が映り込んだ。 「あれ? それ新しい?」  玄関に置かれている俺のものより一回りは大きい大和の靴に視線を向けたまま、俺は尋ねる。  白色を選ぶことの多い大和にしてはとても珍しい。  目立った汚れのないスニーカーは一目で新品だとわかる。 「……お、う」  一瞬不自然な間を感じたが、そこまで気に留めることでもないだろうと、俺は「黒選ぶなんて珍しいね」と会話を続けた。 「あ、まぁな。ほら、伊織がいつも黒ばっか選ぶからさ、俺もたまにはいいかな、と」 「ふ、何それ。……まぁ、新鮮でいいんじゃない」 「だろ? コレ履き心地もすげーいいんだよ」 「そうなんだ。いいな、俺も新しいの買おうかな」 「!」  その瞬間に変わった大和の表情に思わず心臓が軽く弾んでしまい、ほんの一瞬息が止まった。それがなんだか悔しくて、大和に気づかれないように俺は少しだけ眉根を寄せ、声を低くする。 「……どうかした?」 「え」  表情を緩ませたまま、大和はなぜか未だに靴を脱ぐこともせずに玄関に突っ立ている。 「いくらお気に入りだからって、そのまま家にあげるわけにはいかないからね」 「わかってるよ」  そう言ってようやく靴紐を解きだした大和に背を向け、俺はキッチンへと向かうべく廊下を進む。手の中の箱に貼られたシールには駅前のチーズケーキ専門店のロゴが入っていた。ずっと気になってはいたがタイミングがなくて食べたことはなかった。それがこんな形で手に入るとは……それを大和が買ってきてくれたという事実が余計に俺の心を弾ませた。 「ケーキはご飯の後だな」  自分でも口元が緩むのを感じながら、俺はそうつぶやいていた。    *  自分でもどうしてそんなことを聞いてしまったのか、分からなかった。  ただ、気づいたら言葉が口から滑り落ちていた。 「大和はいつから俺のこと好きだったの?」  一晩おいたカレーを三杯も平らげ、ソファに沈み込んでいる大和が俺の持ってきたグラスを受け取りながらゆっくりと視線を泳がせた。ジワリと顔の熱が上がっているのが見ているだけで伝わってくる。 「なぁ、いつから?」  いつも通り空けられている大和の右隣に座り、俺はいつもより体を寄せた。 「っ、なんで急にそんなこと聞くんだよ」  氷の音を響かせながら、大和が顔を背けて麦茶を飲み込んだ。 「なんでって、気になったから?」  俺は持っていたグラスを傾けながらも、反対の手を赤くなってしまっている大和の首へとこっそり近づける。俺よりも太くて、普段は見上げた視界に映るだけだったうなじ部分が無防備に目の前にあったので、なんとなく触れてみたくなったのだ。水滴で濡れた自分の指先にその熱を持った肌がどんな反応をするのか気になった。 「うわっ‼ 冷たっ…………え、伊織?」  怒ったように振り返った大和の表情が戸惑う色を見せて変わっていく。 「……っ!」  その大和の反応に、俺は自分がどんな顔をしているのか一瞬にして自覚した。  赤かったのは、熱を持っていたのは、大和の方だったはずなのに。  どうしようもなく顔が熱い。  こんなふうになるなんて自分でも思っていなくて、俺は自分から近づけた距離を後悔した。ドクドクと心臓から巡る血液自体が熱を持っているかのように全身の体温が上がっていく。 「あ、俺、()ぎ足してくる……」  かろうじて絞り出した声でさえ、体の中で膨らんでいく鼓動で消えそうだった。耐えきれなくなった俺は、中身が半分も減っていないグラスを持ったまま立ち上がった。 「伊織!」 「!」  とっさに手首を掴まれ、俺の動きは止まる。振り返ることも、振り払うこともすぐにはできなくて、手の中で増えていく水滴が指先に染み込んでいく。 「あ、あのさ……」  その声を聞けば、大和がまだ戸惑っていることがはっきりと伝わってくる。  それなのにその大きな手には、優しく力が加えられていく。  右手の中ではゆっくりと氷が溶けていき、左手からは大和の体温が伝わってくる。  ――自分の指が触れたあの瞬間の、大和の痺れたように震えた肌が、一瞬にして入り込んできた熱が、蘇ってくる。  ――それと同時に生まれてしまった気持ちを、俺は隠すこともごまかすこともできなかった。 「……」  自覚してしまったけれど、自覚してしまったからこそ、どうしていいかわからない。逃げるように立ち上がってしまった自分の体を今さら戻すことも、触れられている手を振り切ることも、顔を振り返らせることすらできなくて。速くなっていく心臓の音に耳を塞がれ、床に雫が落ちていくのを見つめることしかできない。  静かな部屋の中にカタン、と高い音が響くと同時に手首の力が緩まった。  大和が立ち上がる気配がして、俺は視線だけをそっと動かす。 「まだいっぱい入ってるじゃん」  そう言って大和は笑うと、先に置かれていたグラスの隣に、俺の手から引き取ったグラスを並べた。  何かを言うことも、抵抗することもできずに突っ立っている俺の顔に、大和が水滴で濡れたままの手で触れてきた。 「っ!」 「冷たいだろ?」  驚き振り返った瞬間、俺の顔は大きな両手に包み込まれ、簡単に上へと持ち上げられる。目の前には柔らかく笑う大和の顔があって、触れられている肌からは大和の低い体温と濡れた手の感触が混ざり合って伝わってくる。戸惑いながらも手を伸ばしてくれる大和の優しさが流れてきて、その隠しきれない熱がどうしようもなく俺の胸をくすぐってくる。 「……人の顔で拭くなよ」 「先にやったの伊織だろ」 「俺は別に拭いたわけじゃな、……ん」  言葉はその柔らかな温度に飲み込まれた。  触れ合った唇はまだ、かすかに濡れていた。  ――俺はこわかったのだと、思う。  ただ指先が触れただけで。  震えるように反応した大和が。  その大和にもっと触れたくなった自分が。  どこまでいくのかわからないこの熱が……こわかった。  大和に縋りつきたくなってしまう。  大和を自分だけのものにしたくなる。  大和を自分の世界に縛ってしまいたくなる。  ――そんな自分が、こわくてたまらない。  それなのに、俺の手は自然と大和のシャツを掴んでいた。 「……」  言葉は何も浮かばなくて、ただ、目の前にあるお互いの存在がたまらなく恋しくて、どうしようもなく愛おしかった。 「や、まと」  ――もういっそ何も考えられなくなるほどに壊して欲しかった。    *  受け取った箱の中身を確かめた俺は驚いて顔を上げた。 「え、これ、さっきの……」  俺の視界の中で、隣に座る大和がホッとしたように笑いながら、その頬を赤らめる。 「うん、さっき俺が履いてたヤツと同じ」 「……お揃いってこと?」 「まぁ」 「そっか」 「……」  期待した反応ではなかったのか、大和がそっと窺うように視線を向けてきた。何かに構えるような小さな緊張感と、緩んだまま戻らない口元。素直に嬉しかった気持ちを伝えたかったのに、そんな顔をされたら突っ込まずにはいられなくなる。 「なにその表情(かお)」 「いや、てっきりちょっと怒られるっていうか、そういうのも覚悟してたっていうか……」 「スニーカーがかぶるくらい別に気にしないだろ。そもそも俺は学校には履いて行かないだろうし」  俺は大和と違って普段学校にはローファーで行っているので、俺がこのスニーカーを履くとしたら休日になるだろう。大和もそれをわかっていて敢えて選んでくれたのだと、俺はそう思って言ったのだけど……。 「! ……うん、そうだよな」  そう言って笑った大和の声がわずかに揺れていて、その響きが耳の奥で寂しさを伝えてくる。 「……大和」  何かを考えるよりも先に体が動いていた。 「ありがとう」 「!」  一瞬驚いたような顔をした大和が少しぎこちなさを残して俺の頬へと手を伸ばす。その指先が触れた瞬間、繋がった視線に引き寄せられていたスピードが加速した。ゆっくり狭まっていくはずだった視界が閉じられるその前に、距離はなくなっていた。 「……!」  その瞬間の、唇に触れた感触があまりにも柔らかくて、思わず閉じかけていた目を開くと、二人同時に顔を後ろにそらしてしまった。向かい合ったお互いの顔を見れば、相手も同じことを思ったのだと、そして今、自分も同じ表情をしているのだと、すぐにわかってしまう。 「……」  ふ、と息を漏らしただけで伝わってしまう距離の中、俺と大和は同時に小さく肩を揺らした。胸の奥を優しくくすぐられているような心地だった。声にならない小さな笑いが零れたそばから重なり合う。  言葉は何もいらなくて、声をかけることも必要なくて、再び結ばれた視線に自然と距離が近づいていく。 「ん、……」  鼻先に触れた肌は冷たいのに、溶け合わせた体温は高くなっていき、自分の心臓の音が体の中で響きだす。  もっと触れたくて。  もっと触れてほしくて。  ――だけど、もうあの時のように自分を壊したいとは、俺は思わなかった。    *  心臓が痛いほどに鳴っている。  熱が、今まで感じたこともないほどの熱が、体の奥で疼きだす。 「伊織……」  名前を呼ばれた、それだけのことで、わずかに残されていたはずのストッパーが外れる。  ずっとこうしたかったのだと。  ずっとこんなふうに求めていたのだと。  思い知らされる。  離れたくない。  ずっとこのまま大和を感じていたい。  でも……。  ふっと唇の先に空気が触れ、目を開くと大和が笑っていた。 「ごめん、なんかすげー手ぇ震えてて……」  そう言って困ったように視線を外した大和が、今度はとても優しく俺の肩を抱きしめた。 「心臓壊れそうだわ」  吐き出された息とともに零れた言葉が俺の肌に触れ、大和の心臓の音は耳を立てなくてもはっきりと俺に伝わってきた。自分の意思さえも飲み込んでしまうくらいの激しい勢いを持っていた熱が、その鼓動と体温によって緩まっていく。  ――こわかったのは、俺だけじゃなかった。 「ふ、ふは」  行っては戻り、駆け出しては後退りする。  それを飽きもせず繰り返す。  きっと他人が見れば、俺たちはひどく滑稽なのかもしれない。  ――だけど、俺がこわくて立ち止まるのも、腕を引かれて進むのも、そのすべては相手が大和だからなのだろう。 「なぁ、やっぱり気になるんだけど」 「何?」 「大和がいつから俺を好きなのか」 「それは……」  ふわりと腕の力が緩まったので、俺はそっと体を離し、その顔を見上げる。 「それは?」 「いや、ほら、いつからっていうはっきりしたのはなくて……ただ」  和らいだはずの大和の顔の赤みが再び濃くなっていく。 「ただ?」 「まぁ、自覚した瞬間は覚えてる、かな」 「! ……いつ?」  そう尋ねながらも、俺は自分の胸が苦しくなっていくのを感じていた。 「……言わない」 「なんで? いいじゃん」 「いや、無理」 「無理って、ここまで言っておきながら今さらそれはないんじゃない?」  背けられた顔を下から覗き込んでいると、片手で顔を隠したままの大和が視線だけをこちらに向けた。 「……伊織は? 伊織が先に言ったら言うよ」 「俺は……」  そう口を開いたものの、声を出したそばから喉の奥が異様な速さで渇いていき、俺の言葉はそこで途切れた。 「ほら、伊織だって言わないんだろう?」 「……そう、だね」 「じゃあ、もうこの話はこれで終わりな」 「……うん」  するりと解かれた腕が、テーブルの表面に小さな水溜りを作っているグラスへと伸ばされる。氷が消えて薄まった中身を大和が喉を鳴らしながら飲み込んだ。 「伊織?」  向けられた視線をそっと外しながら、俺はわざと声を弾ませる。 「あ、俺も飲もうかな」 「?」  不思議そうな大和の表情に気づいていたけれど、俺はそれ以上何も言わなかった。  ――本当は、言わなかったのではなくて、言えなかった。    *  ――こんなふうに唇が触れるのは、四月のあの日以来だった。  あまりにも長い間触れていなかったからか、初めてではないのに、もう何度と繰り返してきたはずなのに、心臓が痛いほどに鳴っている。  ――それでも、俺の中にあの時のような熱がよみがえることはなかった。 「……大和」  そう名前を呼んだ俺の声は決して大きくはなかったけど、何かを感じ取ったのか、大和はすぐに顔を離した。 「あのさ」 「あ、そうだ! ケーキ食べようぜ」  繋がっていたはずの視線を外して、大和が立ち上がった。  俺は膝に新品のスニーカーを載せたまま、そんな大和の背中を見つめる。  大和は「冷蔵庫に入ってるよな?」と小さく笑って、俺から離れていく。  慣れた様子でキッチンに入った大和が冷蔵庫を開きながら、声だけをこちらに向ける。 「そういえば、今日来る途中で見つけたんだけどさ」  パタン、と扉の閉じられる軽い音が響き、白い箱を手にした大和がソファに座ったままの俺を振り返る。 「夏祭り、今年も行くだろ?」 「!」  俺の中で、ドクン、と聞いたこともないような音を立てた心臓が、その一瞬、停止した。 「行くなら最終日の方がいいよな。花火あるし。そうすると八月の第一日曜か……前日なら部活休みっぽいんだけどなぁ」  大和がそう遠くない未来を想像しながら楽しそうに笑うのを、俺は見ていられなくなって顔を俯けた。 「伊織?」  左手にお皿とフォークを、右手にケーキの箱を持って戻ってきた大和が俺の名前を呼ぶ。 「……」 「どうした?」  不思議そうに顔を傾けた大和が持っていたものを目の前のテーブルに載せる。 「あれ? もしかしてロウソク欲しかった?」 「……」 「でも電話した時にいらないって言ったの伊織だからな」  大和がお皿を俺の目の前に置き、「どうする? コレ俺が開いていいの?」と視線をケーキの入った箱へと向ける。 「伊織?」  その大和の動きも、大和の声も、その表情さえ、顔を上げなくても伝わってくるから。  ――言わないと、いけない。 「ごめん」 「え」 「俺、大和に話さなきゃいけないことが、あるんだ」 「!」  そっと息を吸い込んでから顔を上げると、少し身構えるように緊張感を滲ませた大和がまっすぐ俺を見つめていた。 「夏祭りには一緒に行けない」 「え、あ、なんか予定入ってた?」  そうやって少しの笑いを含めてみせた大和の声が不安げに揺れていて、そのことに気づいてしまった俺は、続けようと思っていた言葉を喉に詰まらせた。 「……っ」  それでも、俺はもう言わずにはいられない。  言わなきゃいけないのだと、わかっているから。 「……いないんだ」 「え?」 「俺、その日にはもうここにいないんだ。だから、一緒には行けない」 「え……?」  ――俺はもうずっと前から気づいていたんだ。  ――俺は大和と同じ未来を見てはいない、と。

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