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「似合う?」 「…似合うよ… あなたの姿は今、皆に見えてるのかな?」 さりげなくロビーにいる他の客の様子を窺う。 「うん、今日はね」 「そう……そんなこともできるんだ」 「今日は普通の人間」 死神が笑って手を差し出した。 「…?」 差し出された手を握ると 温かく、微かにしっとりしている。 「なんなの?」 「手汗が出るんだ、人間ぽいでしょ」 俺は手を離して笑った。 「そうだね」 「部屋行く前に何か食べる?」 「あーうん…でもあんまり一緒にフラフラ 歩きたくないんだ。誰がどこで見てるか 分からないし…ルームサービス使っていい?」 ウリの時はいつもそうしてた。 極力人に会わないように。 食事や、他の用事には付き合わない。 ホテルに直行。 死神は快く受け入れてじゃあ行こ、と エレベーターホールへ向かった。 何人かの客とエレベーターを待つ。 上の階から降りてきたエレベーターにも 数人の客が乗っていて、皆がこの階で降り、 待っていた客が入れ替わりで乗り込んで行く。 でも俺は、エレベーターの1番奥に 上から乗ってきたのに降りようとしない スーツ姿の男を見て、思わず足を止めた。 伏し目がちに一点を見つめてじっと動かず うつむいた顔には陰ができて、表情が全く 見えない。 「乗らないんですか?」 先に乗り込んだ客が不思議そうに俺たちに 声をかけてくる。 俺はハッとして、すみません、と、頭を下げ 一歩踏み出そうとした。 その時、死神が俺の肩を引っ張る。 「お先にどうぞ」 人の良さそうな笑顔で促す。 エレベーターのドアが閉まり、死神がもう一度 上のボタンを押して、俺の腕を引いて別の エレベーターの前に立った。 「正解」 「え?」 「あれはちょっと面倒なタイプだね 近づかなくて正解だよ」 「………見えるんだ」 「当たり前でしょ」 言いながらフフと笑う。 今度は空っぽのエレベーターに2人だけで 乗り込む。 「面倒って?」 「引っ張っていきたがるタイプ」 「…そっか…じゃあ俺の勘って 結構当たってるんだな」 俺には人に見えない“もの”が見えた。 ずっと小さな頃から。

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