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10. 2
千里は夏休み中、よく俺のバイト先にきて
勉強や読書で何時間か居座り
すっかり店の常連になっていた。
店の奥の2人用のテーブルに参考書を広げて
真剣な顔でペンを走らせる千里にカフェラテを出す。
「千里、暇だね」
「夏期講習に追われて
結局バイトも入れられなかったから
逆に時間が空いちゃったんだ」
千里はバイトをしていなかった。
夏休み、塾のない日はさぞかし暇だろう。
俺のバイトしているカフェは
最近流行りのシアトル系とかではない。
レトロな内装の、昔ながらのこだわりコーヒーと
軽食を出している、穏やかで優しいマスターが
1人できりもりしているような店だ。
俺がバイトしている間に満席になったことは
1度もないけど、客が1人もいない
なんて事も1度もなかった。
客が少ない時には千里と同じテーブルに座って
雑談をしようとも気にしない。マスターは
とても心が広かった。
仕事に一区切りついて、いつものように
千里のテーブルに座る。
「花火大会行かない?」
俺が席についた途端に
千里がシャープペンをクルクル回しながら
聞いてきた。
「…あー、ごめん他のヤツと約束してて…」
「あ、そうなんだ…」
ー 人ごみは嫌いだから行きたくないと
言った方がよかったかな?
「知り合いの家でさ、マンションの上で
ゆっくり見れる所があって
人ごみにまぎれなくて済むし
晃太にぴったりだと思ったんだけど…」
ー 言わなくて良かったか。
「…悪かったね」
「ひょっとして本当に彼女でもできた?」
「いや、できてない、できてない」:
あわてて否定した。
1度バレたウソを、もう一度つくのは気が引ける。
深く詮索されるのが嫌で、席を立った。
そんな俺の手を千里が掴んでひき止めた。
「…なんか俺に隠してる?」
「え?」
「前に言ったじゃん、もっと俺に話してくれって
晃太って自分の事全然話さないからさ」
「…話すような事がなんもないからでしょ」
「…本当に?」
千里が俺を見上げる目は、真剣そのもので
笑ってごまかそうとしている俺を許さなかった。
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