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千里は夏休み中、よく俺のバイト先にきて 勉強や読書で何時間か居座り すっかり店の常連になっていた。 店の奥の2人用のテーブルに参考書を広げて 真剣な顔でペンを走らせる千里にカフェラテを出す。 「千里、暇だね」 「夏期講習に追われて 結局バイトも入れられなかったから 逆に時間が空いちゃったんだ」 千里はバイトをしていなかった。 夏休み、塾のない日はさぞかし暇だろう。 俺のバイトしているカフェは 最近流行りのシアトル系とかではない。 レトロな内装の、昔ながらのこだわりコーヒーと 軽食を出している、穏やかで優しいマスターが 1人できりもりしているような店だ。 俺がバイトしている間に満席になったことは 1度もないけど、客が1人もいない なんて事も1度もなかった。 客が少ない時には千里と同じテーブルに座って 雑談をしようとも気にしない。マスターは とても心が広かった。 仕事に一区切りついて、いつものように 千里のテーブルに座る。 「花火大会行かない?」 俺が席についた途端に 千里がシャープペンをクルクル回しながら 聞いてきた。 「…あー、ごめん他のヤツと約束してて…」 「あ、そうなんだ…」 ー 人ごみは嫌いだから行きたくないと 言った方がよかったかな? 「知り合いの家でさ、マンションの上で ゆっくり見れる所があって 人ごみにまぎれなくて済むし 晃太にぴったりだと思ったんだけど…」 ー 言わなくて良かったか。 「…悪かったね」 「ひょっとして本当に彼女でもできた?」 「いや、できてない、できてない」: あわてて否定した。 1度バレたウソを、もう一度つくのは気が引ける。 深く詮索されるのが嫌で、席を立った。 そんな俺の手を千里が掴んでひき止めた。 「…なんか俺に隠してる?」 「え?」 「前に言ったじゃん、もっと俺に話してくれって 晃太って自分の事全然話さないからさ」 「…話すような事がなんもないからでしょ」 「…本当に?」 千里が俺を見上げる目は、真剣そのもので 笑ってごまかそうとしている俺を許さなかった。

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