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「何があるって思うの?」 答えに困った俺は逆に質問で返した。 千里は視線を落として黙る。 「何もないよ」 俺はすかさず笑顔を作り、千里の肩を軽く叩いて 仕事に戻った。 仕事中でよかった。 何を言えって言うんだ。 千里は何を聞きたいんだ。 命を救われて以来、死神とエッチしてるんだ。 とか? 死神とのエッチにはまってて、 このままゲイになってしまいそうだ。 とか? イヤイヤ、どう考えても頭おかしいとしか 思われない。 千里は知らなくていいことだ。 それに俺は今のところ それほど悩んでもいない。 色々考えてみても千里に話す理由は 見つからなかった。 ・ ・ 花火大会の日は快晴だった。 朝からカラッと晴れて、それなりに風もあり 日差しは強くてもスッキリ気持ちのいい 花火日和の天気だった。 俺は17時までバイトをしてから タロウのマンションにむかった。 いつものようにタロウは駅の改札で待っていた。 「大丈夫だった?」 「うん。変なヤツはいなかったよ」 タロウが定期的にチェックしているらしく 地下鉄で、たちの悪い死者とはあれ以来 会っていない。 「ピザ頼んでおいたよ」 「お、注文できたの?スゴいじゃん」 宅配ピザの注文を初めてして、嬉しそうに笑う。 俺たちは他愛もない会話をしながら いつもより少しだけ賑やかな街を抜けて 10分もかからずマンションに到着した。 エントランスに入ってオートロックの自動ドアを 開けようと、タロウがキーを取り出した瞬間 突然後ろから人影が現れて、いきなり俺の手首を 掴んだ。 俺は驚いて手に持っていたビニール袋を落とし 中に入っていた飲み物がタイルの床に散らばった。 咄嗟にタロウが間に割って入り 俺をかばうように、掴まれた手をふりほどく。 「…えっ!?」 腕を掴んできた相手を見て俺は言葉を失った。 「晃太、何してんの!?」 肩で息をして、険しい顔で俺とタロウを交互に にらみつけてきたのは千里だった。

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