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「な、なんで、ここに…!? 千里?」 「こっちの台詞だよ! こんなこともうやめるって言ったじゃないか!」 「コレは…その…っ!」 頭がパニクって何の言い訳も思い浮かばない。 俺たちがもめていると、タイミング悪く マンションの住人が入ってきて、俺たちの様子を 露骨に訝しげな顔でジロジロ見つめてくる。 「…人目もあるし…とりあえず部屋へ行く?」 タロウが気を使って部屋へ千里を誘った。 「結構です! 晃太!帰ろうっ」 千里が俺の腕を強く引いた。 「え、ちょっ…」 無理やり引っ張って、俺をマンションの外へ 連れ出す。 振り返ってタロウを見ると、怒るでも 悲しむでもなく、ポカンと口を開けて 連れ去られる俺を見ていた。 ぐんぐん、ぐんぐん俺は千里に引っ張られて 地下鉄へ逆戻りした。 千里は全然しゃべろうとしなかったけど 確実に家へ帰ろうとしているのは分かった。 怒っている千里の事はもちろん気になったけど 置いてきてしまったタロウの事の方が 俺は気になっていた。 せっかく俺のために実体になってきてくれたのに。 人になるには薬を飲むのだと言っていた。 1度飲んだら24時間程度は人でいられるけど 自分の意思では戻れないのだと。 走る電車の中でオレンジに染まる空を眺めた。 タロウもあのマンションから見ているかな。 かわいそうな事しちゃったな。 「……アイツと あそこにいたかった?」 ずっと黙っていた千里がポツリとこぼした。 俺はその質問には答えず、少しだけ笑って見せた。 「…千里どうしてあそこにいたの? 俺の事…、つけたの?」 千里はしばらくうつむいて指先を弄り それから小さく頷いた。 「………どうしてそこまで…」 千里はそれにはこたえなかった。 明日…タロウが元の死神に戻ったら すぐに千里の記憶を消してもらおう。 やっぱり最初からそうすべきだったんだ…。 千里だってこんなことしたかった訳じゃない。 きっと後悔してる。 千里に、すぐ忘れることができるから気にするな、と 教えてやりたいくらいだった。

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