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15. 3
ー 千里は突然何を言い出すやら…。
帰って部屋でこっそりパンフレットを眺めて
ため息をついた。
大学なんて考えた事もなかった。
時期が来たら就職活動をして、業種は何でも
いいから、それなりに安定した会社を探して
高収入ではなくとも生活に困らない程度の
金額をもらって、地味に貯金しながら生きてゆく。
自分の人生なんてそんなもんだろうと
他の選択肢なんて考えてこなかった。
ー 今さら無理だ。何のビジョンもないし。
金もない。
不意に部屋のドアが開いて、直哉が入ってきた。
俺はさりげなくパンフレットを本棚の隅に
隠した。
「風呂どうぞ~」
頭にタオルを被って、こちらを見ないまま
直哉が言った。
「おぉ、了解」
弟は俺の見ていた物を気にした様子はなく、
すぐにバックの中から携帯を取り出して
そちらに集中した。
そんないつもの後ろ姿を見ながら、自分も
風呂に向かった。
本当に将来の事を考えるなら
何のビジョンもなくとも、それなりの大学を
出ていた方が、入れる会社の選択肢も増える
だろう。
千里の言ったように、本当にやる気になれば
今から準備すれば遅いことはない。
そうなると、問題はひとつだ。
アキ子さんは、何て言うだろう…。
想像しただけで胃が痛くなりそうだ。
とても自分から切り出す気にはなれない。
卒業したらすぐに1人暮らしを始めるんだ。
そのつもりでお金もほんの少しずつだけど
貯めてきた。
それは俺にとって、とても待ち遠しい
輝いた未来だった。
大学に通って、さらに4年この家から出られなく
なったら…
ダメだ、家を出るのはあきらめられない。
奨学金の制度を使って大学に通えたとしても
バイトしながら1人暮らしをして、生活費を
バイト代だけで払っていける気がしない。
そう考えると俺の中の優先順位は大学よりも
目先の自立の方が大切に思えた。
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