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「アストランティアってギリシャ語で『星』を意味するみたいなんだ」  満天の星の下、出会った岩場に並んで座った。流れ星を待つ間、ヒトは思い出したかのように口にする。 「そういえば、星座の話にもそんな国の名前あったな」  今日持ってきた本の中に星座に関するものがあり、星に関する話が面白く読み耽ってしまった。「流れ星を見たことがない」と呟けば、「今夜見ようよ!」なんて誘われて今に至る。 「うん。星座はギリシャ神話に基づいているのがほとんどだからね」 「そうなのか。でも、なんで花が星なんだ?空と陸では共通点なんかないだろう」  花言葉が国によって意味が異なることと同じなのか?でも、花はどうやっても花だろう。他に読み方なんてあるのか?  いつの間にか顎に手を当てて悩んでしまったらしい。俺に伸びてくる手に気づかなかった。 「ここの……ほら、膨らんだところ。星みたいになってるよね。そこから来ているみたい」  ヒトの顔が至近距離にある。奴が言葉を紡ぐ度に息が肌に触れ、熱くなってしまう自分がいる。 「お、お前……!近いぞ……」 「あ、ごめん。でも、凄く綺麗だったから……」  溶かした笑顔を見せた直後、一度は止まった手がまた、髪に触れる。 (こいつは髪飾りに触れているだけ、こいつはアストランティアに興味があるだけ、他は何もない……)  暗示をかけても心臓の音はうるさくなるばかりで、落ち着いてくれない。小指が耳元に触れて、頼りない声が出てしまったことに互いに驚いた。 「今のは……」 「い、今のは鳥の鳴き声だ!決して、俺の声じゃないぞ!」  顔の中心に熱が集まり、まともに顔が見れない。恥ずかしさのあまり俯いていると、ふっ、と笑い声がした。 「鳥かあ。うん、鳥だね」 「そうだ。鳥だ」 「うん。お花、見せてくれてありがとう。アストランティアって僕の誕生日花でもあるんだ」 「ふ、ふーん。お前の誕生日っていつなんだ?」  何気なく聞いてみたが、返事が返ってこない。いつもなら会話を絶やさない奴だから気持ち悪い。  岩から目線を上げると、星よりもどこか遠く、いや、もしかしたら光さえ見失っている瞳が目に入った。 「おい……聞いて……」 「今日」 「今日?」 「うん。六月六日の今日。十八歳になったんだ」  儚げな目が伏せられる。まるで何かを遮断し、拒否するように。空はこんなにも綺麗な星々でいっぱいなのに、その瞳は見ようともしていなかった。 「君は?」 「え?」 「君は誕生日、いつなの?」  俺に見せるのは笑顔。けれど、ここ毎日見てる花みたいな笑顔とは違う、悲しさと辛さを含んだものだった。 「……俺は今日」 「………えっ?」 「お前と同じで今日」 「嘘だ!」 「嘘じゃない。何故、母上がこの花をプレゼントしたのかようやく分かったよ」 「家族と一緒に過ごしたかったよね……」 「別に。母上はもういないし、父上は仕事で忙しいからな。大体は一人で過ごしてたから問題ない」  俺にとっては毎年恒例のことで割と慣れてしまった。別に気に病む必要はないのに、隣の奴は口を閉開させている。 「だが、ヒトと過ごす誕生日ははじめてだ。なかなか新鮮だな」  三日目には人魚だとバレてしまった。尾に巻き付いた海藻を取るのに夢中になっており、こいつが来ていたことにすら気付かなかった。 「僕も人魚さんと過ごす誕生日ははじめてかも」  しかし、こいつは悪さをするどころか「僕がやってあげる」「綺麗な尾だね。ずっとスカートかと思ってたよ」なんて、初日と変わらない言動をしていた。 「しかも同い年とはな」 「そうなの!?人魚さんの方が年上じゃないの?」 「お前こそ年下じゃないのか?にわかに信じがたい」 「本当だよ!僕、そんなに子供っぽい?」 「俺こそそんなおじさんに見えるのか?」 「……別に?」 「そーでもないよ?」 「……ふっ」 「ぷっ」  可笑しくなって笑い出した。他愛のない会話なのに不思議と空気と心が軽くなったのは何故だろうか。  二人分の笑い声が小さくなっていくと、岩場に寝転んだ。仰向けになれば明るさが違う星々があった。 「綺麗だね」 「ああ」 「こんなにも見えるのに星がある場所は遠いよね」 「気が遠くなりそうな話だな。知らないことだらけだ」 「凄いよね。……僕はヒトだから分からないけど、海も知らないことが多いだろうね」 「そりゃそうだろう。ヒトがまだ辿り着いていない場所や俺たちだけが知っている穴場もあるぞ」 「……見て、みたいなあ」  また、だ。朝と昼はそんな素振りは見せなかったのに、今夜のこいつは様子が変だ。 (お前の誕生日なんだろう?) 「あ、流れ星!」 「どこだ!?」 「流れていっちゃった……。また来るよ!」  しばらく待つものの、一向に星が流れて来ない。 「流れ星来ない」 「も、もう少し待ってみようよ!」  何度待っても波の音が聞こえるばかりだ。眠気もやってきて、もう日付が変わる寸前だと感じた。 「……嘘付き」 「ごめんね……。まさかこんなにも流れないなんて思わなくて……」 「嘘付き。俺も見て見たかった」  使いの用事で旅に出ることはあっても、外の世界なんてまるで興味がなかった。興味がないということは知らないのも同然で、別にそれでも今まで生きてこれたのだから、今後も必要ではないんだろう。ここ数日で未知のことに関して欲深くなっている。背を向け、腕で顔を隠す。 「……僕も流れ星、見たことがなかったんだ」 「………」 「これも本当だよ?十八年間、お屋敷でお仕えばかりしていたから、一度も見たことがなかったんだ」 「なら、なんで俺を誘ったんだ。知らない同士だからか?」  駄々をこねた子供みたいな言い方になってしまう。俺はやっぱり性格が悪いのかもしれない。それでもこの腹底に生まれたムカムカを今すぐには抑えられなかった。 「それはちょっと違うよ」  目の前が暗くなる。自分の影でも夜の暗さとも違う、人影が頭上に出来ていた。 「君が好きだから、一緒に見たかったんだ」  耳を疑った。俺が好き?お前はヒトで、俺は人魚なのに?ヒトにも海の生物にもなれない半魚人なのに? 「う……」 「嘘じゃないよ」 「だ、だっ……お前と、俺は……」  影が近付き、大きくなる。腕を取られた直後、身動きも出来ずに奴の唇を受け入れることになった。熱くかさついていたキスは触れる程度のものだったのに、全身が心臓になったみたいに鼓動している。 (嘘……っ。なんで、して……)  混乱がさっきまでの怒りを全て持っていってしまった。 「君の唇、湿っぽくて熱いね」 「言うなっ!」 「真っ赤になってる?」 「い、言うな!」  手首で口元を隠し、ヒトを見る。暗くて表情はよく分からない。グリーンの瞳は綺麗なのにどこか切なさがあり、胸が傷んだ。 「僕をはじめてヒトとして見てくれた美しいマーメイドさん」 「な、にを……」 「人形として生まれたから、誰かを好きになるなんて思わなかったんだ。でも、君に出会ってはじめてをいっぱい経験した。はじめての恋もした。ありがとう」  突然、何言っているんだ?疑問と不思議でいっぱいなはずなのに、何日か話して過ごした奴の言葉を、何より顔をくしゃくしゃにしたこいつのことをそんな簡単に切り捨てることが出来るほどひねくれてもなかった。 「……っ、お前なあ!何勝手に終わらせてんだ!」 「あ、痛った!!」  特技の頭突きを食らわせる。加減せずにやったせいでズキズキと額が痛むが、相手を怯ませるには丁度良かったみたいだ。 「俺の……は、初キス奪って?自己満足して終わるんじゃねえよ!」 「人魚さん……?」 「人魚さんじゃねえ!ステラだ!お前がどういうつもりなのかは、どういう道歩いてきたかは知らねえが、半端な気持ちだったら許さねえぞ」  完璧なヒトじゃない俺にとって、こいつらは怒りの矛先にしかならない奴だ。ヒトの気持ちなんて分かる訳がない。分かりたくもない。こいつも、他と同じように俺に酷いことをしただけだ。そう分かっているのに、怒りで何故、目頭が熱いんだろう。何故、こんなにも心がかき乱されてしまうんだろう。 「こんな気持ち、はじめてなのに……」 「ステラ……?」 「色んなことを教えた癖に、馬鹿にするなあ…っ…。隠すな……触れといた癖に…ぃ……」  もう何を喋ってるか自分でも分からない。何だか変なことを口にしてる自身にも腹が立ってくる。頬に添えられた熱くて溶けてしまいそうだ。 「半端な気持ちじゃないよ。君のこと、大切で大好きなんだ」 「……っ、本当か?」 「好きな人に嘘を付いても意味無いよね?」 「そうだと思うけど……」  心の中でハッキリと感情が花咲いてしまった。 「……僕の名はアステール。ステラ、僕を呼んで?」 「アステール……っ」 「ステラ」  名前を呼ばれるだけで心臓がキュンキュンしてしまう。滲んだ世界で星空とアステールが混ざり合った。   俺も一緒に混ざりたい。ひとつになりたい。  もう、この胸の奥の気持ちに嘘を付くのはやめたい。 「アステール、好き、だ…… 」 「……!ありがとう、ステラ」 「お前みたいに嘘付かない」 「まだそんなこと言ってるの?もう……」  熱い雫が鼻の頭に落ち、溶けていく。 「喋り過ぎて喉が乾いた」 「お水ないんだけどな。海水だと余計にダメなんだよね?」 「それでいい」  右手で掬った海水を口に含む。海で生きるものにとって海水は何の味もしないただの水だ。 そのままアステールに唇を押し付け、舌で水を伝わす。  目を見開いたこいつは少し顔を歪ませた。ヒトにとっては塩っ辛いんだろう。 「っ……ぁ……う、ぁ……。す、てら……ぁ……。ながれぼし、いいの……?」 「んっ……ふ、っぁ……。いつだっ、て……みれる、だろ……?いまは、おまえ、のほうが……いい……」  柔らかな感触、生温い液体。飲んだのはもう唾液なのか判断がつかない。  けれど、こんなにも幸せに満ちた誕生日ははじめてだった。

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