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王と王子
「ステラ!!」
「ち……パサエル様、ただいま戻りました。使用人たちが慌ただしくしていましたが、どうなさったのですか?」
パサエル様と呼ばれた黒色の長髪で大柄な人魚は俺を見るなり、泳いで迫ってきた。眉間に皺ができ、同じブルーサファイアの瞳でも睨まれると圧力がある。
「何処に行っていたんだ!」
「す、すみません。謎の渦に巻き込まれてしまい、帰国するのが遅くなりました。食料品のことは……本当に申し訳ありません!」
手ぶらな状態を恥じ、頭を深く下げる。一週間以上留守にしておいて何もないのは咎められても仕方のないことだった。王の機嫌は悪くなっていく。
「この緊急事態にお前は何を……!」
「緊急事態……、……っ!何かあったんですか!?」
門の番人役のハリセンボンがおらず、宮中の召使いの数も少ないことに薄々気付いていた。嫌な予感が的中して欲しくはない。
「敵襲だ」
二文字の単語に胸の奥がざわつく。頭ではその敵の正体が理解しているのに、震える唇で「誰ですか?」と動かしていた。
「ヒトだ」
「ヒト……」
「あぁ……忌々しいヒト。奴らめ、他国だけでは飽き足らず、私の国にも侵略してきた。防衛壁は壊され、住民の三分の一は失った」
「そんなっ……」
「もう黙認はやめるぞ。今度こそ海の恐ろしさを知るがよい」
王は不敵な表情を浮かべ、高笑いする。
言葉が出なかった。ここは国こそ大きいが、もともとは他国よりも住民が少なく、何より交流が少ない。
それは何故か。
「ですが、父上!ヒトの歩みは日々進歩していっています。我らは伝統を守り、同士しかいません。感情的に動いてもこれ以上犠牲者を増やすばかりです!」
パスエル王ーーもとい、俺の父は細長い目を開いた。驚いたのは父だけでなく、俺もだ。それでも、ヒトに憎しみを持つ彼が事を成してはならない。そう心が教えていた。
「ヒトが憎いお気持ちは俺では汲み取り切れないでしょう。しかし、体力で勝ったとしても海中のみです。俺たちの知性では敵う相手ではありません。だから……」
「……お前は何故、奴らを擁護する……?」
低く、静かな声には殺意すら感じた。背筋は凍りつき、きちんと呼吸をしなければ震えが止まらないだろう。
『君が好きだから、一緒に見たかったんだ』
『君のこと、大切で大好きなんだ』
同じ人種でない奴のために助け、泣き、一緒に笑い、こんな俺に好意を持った馬鹿なヒト。
教えられていた野蛮で強欲なイメージとは掛け離れ、俺を半端者として見なかった変わった奴に出会うことができた。
「侵略はやめ、もっと外の世界に耳を、目を向けるべきです。そうすれば、価値観も変わり、我らを強く守る道が見えるはずです」
(微力でしかないが、あいつだけは護りたい)
俺を救ってくれたように。俺が出来ることを。
「……そうか」
僅かに緊張した顔が緩み、ふっと笑われる。向き合えば父と子になれる。そう、心のどこかで安心していたのだ。
次の瞬間、父は汚物を軽蔑するかのような目をした。
「キュケも可哀想だな。こんな愚かな友の為に命を落とすなんて」
「……な、何を言ってるんですか?」
「こう言ったんだ。キュケはお前を心配し、追いかけ、門を出たところをヒトに襲われたってな」
突き落とされたかのように。目の前が真っ暗になった。
「ヒトの世界を知る?はっ、たわけたことを。やはり、あの女と同じか息子よ……いいや、もうお前は王子でも息子でもない。せめてこの国に入る時くらい、ヒトの臭いを消したらどうだったんだ?半端者よ」
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