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第62話 帰還の門

 レンはヨルの体を片腕に抱えたまま、ミルドジャウ山の古代の登山道を登っていった。裸だったヨルの体には服を着せてやっている。  魔の山と呼ばれるだけあり、様々な魔物が襲ってきた。  地面からはいきなり、ドロドロの泥人形のようなモンスターが出現した。  レンは後ろに跳躍して攻撃をかわしながら、手から神聖魔法系の光弾を放った。  泥人形に見えたのはアンデット系のゾンビで、聖なる光弾を浴びて一瞬で消えた。  上空からは、ライオンのごとき後ろ足を持つ、鷹のような顔をしたグリフォンに目をつけられた。  レンは上からの視線を感じたその瞬間に、片手弓で矢を放った。  矢は目を射抜き、グリフォンは空中でもんどりうった。間髪入れず連射して身体中に矢を浴びせた。  グリフォンの体が地上に落ちてくるその間に、片手弓を背中にしまって、腰の剣を抜いた。  矢の傷みに悶えながら落下してきたグリフォンの首を、剣で切断し昇天させた。  襲ってくるのは魔物だけではなかった。  両脇から二名づつ、ハンターが飛びかかってきた。  とりあえず右に走りより、右二人を剣で串刺しにした後、左の二人には手から炎弾を放って殺した。  その他諸々のうっとおしい妨害者たちを退きながら、レンはやっと登山道の中腹、洞窟にたどり着いた。  確か洞窟前には腕っ節のいい用心棒が、逃亡転生者を捕まえようと見張っているはずだが……。  目の前の光景に、レンはふっと笑った。  洞窟前では、六人の屈強な男たちが、ボロボロになって倒れていた。  その前でフェンリルのワン太が、退屈そうに人待ち顔で座っていた。  ワン太はレンに気づくと尻尾を振ってワウワウ吠えた。 「よおワン太、久しぶりじゃないか。よく俺がここ来るって分かったな」  レンはワン太の大きな体を撫で付けた。ワン太は千切れそうなほど尻尾を振って喜びを表現したが、ふいに大人しくなって、クンクンとヨルの匂いを嗅いだ。 「ごめんな、こいつ寝てるんだ」  ワン太は寂しそうだった。  このフェンリルともお別れか、と感傷を覚えながら、レンは洞窟に向き合った。  その入り口に、青い光が膜のように張られていた。 「おいおい、結界解除してねえのかよあいつ」  じゃあ戻って殺しに行くか、今度こそ切り刻んでやる。  と思いながら、一応、その青い光に触れてみた。  すると水に触れたような感触があり、するっと中に手が入った。そのまま吸い込まれるように、レンの体は青い膜の内側に入った。 「おわっ」  レンはたたらを踏みながら洞窟内に進入していた。 「ワウッ!」  ワン太も付いて来てしまった。  どうやらちゃんと結界は解除していたらしい。  ふうと息をつきながら、レンは洞窟の奥へと入っていった。  洞窟内にはモンスターはいなかった。  コウモリ一匹いなかった。  結界は長いこと、一切の生き物の進入を阻んで来たのだろう。  薄暗い洞窟の最奥に、扉が見えてきた。  一枚の岩で出来ており、不思議な文様がいっぱいに描かれている。  果たして、開くのか。  扉に手を触れると、文様が青く光った。  レンの目の前、一枚に見えた石の扉は真ん中から二つに分かれ、ゆっくりと開かれた。  中に、暗黒の中に渦巻く光があった。  まるで銀河のようだ。  扉の中には、小さな銀河があった。  これが、帰還の門、か。  レンはお座り姿勢でレンを見つめるワン太に向き合った。 「じゃあな、もうここでお別れだ。お前と会えてよかったよ。本当に、ありが……」  ワン太は急にむくっと立ち上がったかと思うと、扉の中に飛び込んだ。 「えっ!?」  光の渦の中に、ワン太の体がぐるぐると巻かれ小さくなっていく。そして見えなくなった。  ええええ。  どうすんだこれ。  フェンリルが向こうの世界に行ってしまったのか?  レンはまったくの不測の事態に額を抑えたが、三秒考え、「考えても仕方ない」という結論に達した。  あっちで暴れて人に危害を加えないことだけ祈った。向こうでとっ捕まえるしかあるまい。  レンは抱えたヨルの髪をなでた。その頬にキスをする。 「一緒に帰ろう、俺達の世界に」  どうか、全てが元に戻りますように。  祈りながら、レンも扉の中へと入っていった。  その小さな銀河の中に、二人の転生者は吸い込まれていった。

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