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第63話 ヨル(1)

主人公視点です ------------------------  僕は深い眠りに落ちていた。  眠くて、眠くて、とても眠くて、もっと眠っていたかったのだけれど。 「ヨルっ!ヨルっ!」  遠くで誰かが必死に僕の名前を呼んでいるのが聞こえた。  誰だっけ、この声。  この超かっこいいイケメンボイス。  あ、そうだ、これは彼の声だ。  僕の大好きな人。  ……レン。  だめだ、寝てる場合じゃない。起きないと。起きろ僕。起きろ、起きろ、起きろ。  僕は重いまぶたを無理矢理こじあけた。    目の前に、レンがいた。  レンが横たわる僕の体を抱えて、必死の形相で僕を見下ろしていた。 「レ……ン……?」  僕が聞くと、 「ヨルっ……!」  レンの顔が歪んで、その目から涙が零れ落ちた。  レンが僕の体をぎゅっと抱きしめて僕の耳に唇を押し付けた。 「ヨル、ヨル!俺のヨル……!」  僕は赤くなって、耳を疑った。  今、レン、「俺のヨル」って言った?  しかもヨウじゃなくて、ヨル……?  レンは嗚咽しながら、僕をかたく抱きしめ続けた。  僕はなんだか分からないけど、とても幸せな気持ちだった。  やがて抱きしめる腕を緩めて、レンは僕を泣きはらした目で見つめた。 「よかった、もう目覚めないんじゃないかと、本当に怖かった」  胸がキュッと締め付けられた。  僕の足の下は土の感触で、レンの背後は木々。  どこかの森の中……?  僕はぼんやりした頭で考える。  一体、何がどうなってるんだっけ。  僕は懸命に記憶をたどる。  ええと、僕らは、ラガドの街で、ええと。  そうだ、宿で、僕がヨウじゃなくてヨルなんだってことがばれてしまって。  僕はレンから逃げ出して。そこまではよく覚えている。  でも、その後の記憶が曖昧だった。  街から突然、人がいなくなって。  長い銀髪の、目が三つの、すごく怖い男の人が出てきたような気がする。  とても恐ろしかった。  それで、なんだっけ? 「僕達、ラガドの街にいたよね?僕、君にヨルってばれてショックで逃げ出して、それで、その後のことよく覚えてないんだ……」  レンは、はっとしたように目を見開いたあと、こみ上げる感情を押し殺すように唇をかみ締めた。  僕の髪を撫で付け、 「……そっか。全部、忘れちまったか……」  そして僕の瞳にキスをした。  くすぐったくて、僕の口元がふわっとほころぶ。 「俺達、戻ってこれたんだよ、日本に。なぜかどこかの山奥に飛ばされちまったが。ほら、俺の髪も黒いだろ」  言われてみれば、確かに。レンの髪は黒く、長く伸びていたのがさっぱり短くなっている。一年前と同じように。そして学生服を着ていた。白い長袖ブラウスに黒いズボン、どっちも僕の高校の制服のものだ。    て、ことは?  僕は、がばと上体を持ち上げ、自分の姿を確認した。僕もレンと同じ格好をしていた。僕は怖くなって自分の頭とか顔とかべたべた触った。 「じゃ、じゃあ、僕、顔、よるいちに戻って……」  伊達メガネはどこかに行ってしまってる。  僕は必死に顔をそむけた。  見られたくない。レンにこんな間近で「ヨル」の顔を、見られたくない。 「ど、どうした?」  レンは、急に青ざめて顔をそむけた僕に困惑している。 「み、見ないで……!僕の顔、気持ち悪いんだっ!」 「お前、あっちでもそんなようなこと言ってたな。まさか本気で、そんなこと思ってたのか?ずっと?」  レンは僕の顎をつかんで、レンのほうに向かせた。  僕は真正面から見られるのが、恥ずかしくて悲しくて、怯えるように身をすくませた。  レンは眉を下げて、呆れたように笑っている。 「言っただろ、可愛いって。俺の好みだって」 「そ、それは向こうの……。ヨウの顔……」 「まるっきり同じ顔してるぞ?お前いっつもメガネかけてたから、最近の顔はっきり分からなかったけど、こうやって見るとやっぱり同じじゃん。ずっと似てるって思ってたよ、ヨルに」 「う、嘘、そんなわけ……」  レンはおかしそうに笑いながら、顔を傾けた。色っぽく口を半開きにして、その綺麗な顔が僕に迫る。  この、ヨルの顔に。  レンが僕の唇を食んだ。優しく濡らし、そして舌がするりと入り、僕の口の中を甘く満たす。  うそっ……。  ヨルが、本当の僕が、レンにキスされてる……。  唇を離したレンを、僕は顔を上気させ見つめる。  レンは照れくさそうに言った。 「俺の片思いの相手って、お前。ずっとヨルのこと、好きだった」 「ふえっ……」 「俺と付き合って」 「ふえええっ……」  僕は耳まで顔を真っ赤にした。  じわじわと涙がこみ上げる。  夢だ、きっと夢を見てるんだ。  言っていいの?  ヨルの姿で、あの言葉を君に言っても、いいの?  嫌がられない?冷たくされない? 「レン……好き。僕、レンのこと、ずっと前からずっと好き……なんだ……」  僕は泣きながら告白をする。  レンは嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ俺たち、両思いだな」 「や、やじゃない?僕なんかに好きって言われて、レン嫌じゃないの?」 「やなわけねえじゃん、両思いなんだから」 「だって僕、顔、こんな顔」 「可愛い。すげえ可愛い」 「うっ……。こ……、これからも、好きって言っていい?レンにいっぱい、好きって言いたいんだ」 「言ってよ。むちゃくちゃ嬉しい」 「うっ……。ううううううううっっ」  しゃくりあげる僕の頭を、レンは困ったように笑ってよしよしと撫でる。  そしてまたキスをしてくれた。  甘くて激しい、とろけるようなキスを。  ああ、やっぱり夢だ、もう夢でいい。  その代わり二度と覚めないことにする。  僕はずっとこの夢の中にいよう。

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