5 / 15

第5話 触れたい独占欲

 紅葉がそっと尋ねると、臣は激しく怒り出した。 「この覗き魔! ばか! エロオヤジ! ばかっ! 最初に言えよ! ばか……っ!」  怒れば怒るほど、その表情の変化が紅葉を楽しませるし、アルファの持つ嗜虐嗜好が強まるということを、どうしてだか普段、聡明な臣は、理解できないようだ。 「臣ちゃん、三回も「ばか」って言った……」 「だってばかだろ! 俺がっ!」  怒鳴ったせいで、少し落ち着いたのか、肩越しに様子を伺うように、紅葉をチラリと見る。艶やかな黒髪がクシャクシャに乱れ、臣の混乱具合を表していたが、それをきれいに梳いて、撫でてやることすらかなわないのだと思うと、少し感傷的な気分になった。 「臣ちゃん」  紅葉がインカム越しに臣を呼んだ。 「こっちおいで」 「……」  答えない臣に、紅葉は愛しさが募るばかりだった。  臣のすることは、どんな酷いことでも、紅葉にしてみれば可愛い悪戯に変換されてしまう。ましてや、自慰の時の声を聞かれて照れ隠しに発狂するなど、可愛いの極致でしかない。ひとりエッチの時に上げる声を聞かれたことを、認めようとしない臣の頑なな傲慢さも、抱きしめてキスをして、焦らして焦らして、いっぱい愛してあげたいと思いこそすれ、嫌いになる要素になどなるはずがなかった。 「ね。きみに触りたいよ。忌々しいウィルスさえなければ、今すぐにきみを抱き締めて、愛したいのに……。臣ちゃん、好き。大好きだよ」  ガラス越しに囁くと、獣みたいにフーフー言っていた臣のトーンが、罪悪感からか、少しだけ落ち着く。臣の逡巡が手に取るようにわかり、傷を負っても両腕でその存在を包みたいと思ってしまう。 「好きって……軽々しく言うな。あと今日あったことは全部忘れろ」 「やだよ。臣ちゃんが俺のこと好きな証拠なのに、忘れるなんてできないよ」 「……っ」 「二人でするエッチの時は、いつも俺の名前呼んでくれてるじゃない。それと変わらないよ」 「変わるだろ。俺は……っ、別に、さっきはちょっと、そういう気分だっただけだ」  それから、まるで後悔を滲ませた声で、「ばかって言ってごめん」と小さく臣は呟いた。  こうして臣と対峙していると、長かった再教育施設での生活を思い出す紅葉だった。反省室に何時間入れられようと、どんな言葉の暴力を受けようと、圧力を掛けられようと、意地でも臣の名前を出さなかった、灰色な日々の、臣は紅葉にとって、希望の光だった。  そんな臣が、愛しい伴侶となった今、日常を引っ掻き回されて、日々付いてゆく小さな傷が、紅葉には愛しくて仕方がない。臣がいるという証で、勲章だから、むしろもっと近くに寄って、臣が嫌だと泣き出すまで愛してやりたいとさえ思う。

ともだちにシェアしよう!