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第14話 ソーシャルディスタンス

 紅葉はもどかしい想いでガラスを触り、その向こうの愛しい存在に、声を掛けた。 「臣ちゃん……」  平気?と尋ねる前に、キスをしたかった。  臣もそれは同じだったようで、振り返ると紅葉の手が置いてあるガラスの表面に手を重ね、紅葉の鎖骨のあたりに額を埋める動作をした。 「ん……っ」 「臣ちゃん、平気……?」 「ん……、俺の体力、舐めるな……」  伊達に紅葉と付き合って、朝から晩までイチャイチャしてない、と爽やかに笑う。  立ち直りの早さに、逆に紅葉の方が、未練が残ってしまうほどだった。 「もどかしい……、恋しいね。ますます恋しくなった。きみに触れることすらできないだなんて、今日はなんて日だろう、寂しいよ……」  思わず紅葉が弱音を吐くと、コツン、と臣が、中指の背でガラスを叩いた。 「この忌々しいガラスのおかげで、お前がどこにいるのか、わかるし」 「臣ちゃん……?」 「紅葉がいると思うと、安心できるし、顔色とか、声色とか、いろいろわかるし。だから俺にとっては、そんなに悪いことばかりじゃない、かな」  枯れた声で、そう言うと、臣はちょっと照れた顔を伏せた。 「それにその……、なんか、ごめん」 「どうして?」 「だって、俺、発情期でもないのに……」  臣は、発情期でもないのに、止まらなくなってしまった自分を恥じているようだった。だが、それを言うなら誘惑した紅葉の方が悪いのだし、臣の新たな素敵なところを知ることができて、紅葉は大満足だった。 「俺が誘ったんだから、いいんだよ、そんなの。それに俺、今すごく、臣ちゃんのこと好き」  とろりと笑うと、臣はちょっと戸惑いを含んだ目をした。 「何で、そんなに……」  臣は、どうやら大事なことは、必要に応じて必要な分だけ、最小限度に止めるのがマナーだと思っている節がある。だから、紅葉が「好き、好き、大好き」を連発するのが、なぜなのかよくわからないでいるのだ。そこがまた可愛いところだが、紅葉はそういう臣との価値観の相違を、両想いになった時から、前向きに捉えられるようになっていた。 「臣ちゃん」 「?」  あどけなく、臣が紅葉の声に顔を上げる。 「あと残り十日、頑張ろうね。……隔離が終わったら、いっぱい愛してあげるからね」 「……ん」  臣は短くそう答えただけだったが、紅葉には、それで充分だった。

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