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第6話

 ここが違うな。赤いペンが丸を付けた。キュアッドリーはびっくりして対面に座る銀髪の女を窺った。角張った眼鏡がグリーンやブルーを帯びて反射した。ぶるぶると首を振る。  怒られるとでも思ったか。いちいち怒らねぇよ。ガキの扱い方は学んだんだ。分かんねぇなら何回でも何百回でも訊けよ。そのためにここにいるんだからな。  彼女はテキストとペンを置くとノート型コンピューターをかたかたと叩き始めた。 「子供いるの?」  いねぇよ。  銀髪の女は角張った眼鏡を光らせながら答えた。 「でも結婚してるんでしょ?」  彼女は「まぁな」と答えた。浅く焼けた左手の薬指に華奢な指輪が光っている。キュアッドリーは首を傾げたまま問題を解く手が止まってしまう。  結婚してもガキがいないことはあんだよ。大きくなったら分かるさ。 「どうして?」  色々事情があんだよ。身体が悪ぃとか、金がねぇとか、2人で居てぇとか、他にもな。他の奴には聞くなよ。デリケートな問題なんだよ。  キュアッドリーは目を合わせない緑の目を見つめた。 「お()さんカラダ悪いの?」  常に顰められている眉がぴくりと動いて彼を鋭く射抜いた。お前らの兄ちゃんより若ぇはずなんだけどな、と女は言った。  ガキ作るには男と女が結婚すんだよ。でもうちは違ぇから。男と女がいねぇとガキは産まれねぇ。じゃなきゃ、神の子を授かっちまってる。覚えとけ。  キュアッドリーはきょとんと銀髪の女を見上げた。はっきりした説明ではなく、銀髪の女もいくらかばつの悪げな顔をしていた。 「どうゆうこと?」  女はキュアッドリーの馴染み深いものより少し暗い銀髪を掻いて唸った。時機が来たら教えるさ。女は投げやりに答え、集中するように言った。そして印を付けて、そこまで解けたら休憩だと言った。彼女は口調こそ冷たかったが質問には応じ、同じ間違いを叱ったりはしなかった。赤いペンが紙面を走る。ちらちらと指輪が光った。 「祠官になるのって難しい?」  そうだな。わたしは代理だから知らねぇが。  赤いペンが間違った箇所を指摘して答えを言った。覚えとけ。女は席を立ち、どこかに消える。州局の最上階のガラス張りの部屋の端で、人はいなかった。面構えの怖い教師と入れ違いにエレベーターが到着を告げる。こつり、こつり、と遅いリズムで足音が鳴った。おそらく客人だった。キュアッドリーはテキストの間違った箇所を見直し、解説を紐付けようと何度も唱えていたが視界が薄暗くなってふと顔を上げた。魔憑き女の男が紅い瞳を濁った目で覗く。絵本の狂女と同じ骨の浮かぶ手が栗色の髪を柔らかく撫でた。色の悪い、花が萎えたような唇が震えながら何か言った。しかしまったく聞こえない。自分と揃いの茶髪を優しく梳き、後頭部を軽く、元気付けるように叩くと踵を返した。たったそれだけのために訪れたらしかった。昨晩も寝付けないところに音もなくやってきて布団を鼓動に合わせて叩いていた。途中から意識を失くしてしまったが、キュアッドリーは恐ろしくなって布団を被ったところまでは覚えている。杖が身体を引き摺り、ゆっくり、ゆっくりエレベーターに戻っていく。箱に入ってドアが閉まる。隣のエレベーターが到着を告げて開いた。トレイを持った銀髪の女が戻ってきて、チョコチップの入ったスコーンが2つと炭酸飲料をテーブルに下ろして食べるように言った。彼女はキュアッドリーの元を離れて重厚感のあるテーブルや革張りの椅子の脇にある小さなデスクに移った。 「さっき、茶髪の怖いおじちゃん来た」  チョコチップのスコーンを眺めながら女に言った。女は「さっさと食えよ」と溢した。硬さのある蒸しパンのようなものを手に取る。  会ってねぇけど、いたか? 「すれ違ってたから会ってない」  女は、そうか、と言ってぼんやりガラス張りの窓の外へ意識を放っていた。ガラスの奥の空は青く、雲ひとつなかった。  あまり悪く思わないでやってくれ。  女はまたノート型コンピューターと対した。かたかたと小気味良い音がした。  この2日後、州局は閉まって人の気配がなかった。銀髪の女が現れ、今日は州局が休みなのだと告げ、用事があるため同行するよう求められる。彼女個人の所有らしきメタリックブルーの車に乗せられ、キュアッドリーのよく知る孤児院の方向へ走っていく。5分もかからずに海岸沿いの一本道を往く車は曲がった。崩落した大聖堂の駐車場に停まり、女は花束を手にしていた。  悪ぃな、留守番させておくと通報案件なんだ。  そう言って「朝飯代わりに食ってろ」とスナック菓子を渡した。女は花束を抱いて、今は侵入禁止になっている大聖堂のほうには行かず、さらに奥まった墓地に入っていった。キュアッドリーは後を追った。生い茂った木々の奥に水平線が見えた。水面が煌めき、潮風が吹いている。女の腕の中の花束も揺れた。彼女は墓石の前に屈んで花束を置いた。 「誰か死んじゃったの?」  少し前のこの日にな。 「誰?」  弟みたいなヤツだよ。近所の薄汚ぇガキさ。能天気なヤツだったよ……大聖堂の崩落に巻き込まれて死んじまったけどな。  墓石はつるりとしてどれも同じだった。何の目印もなく、しかし一番端であることだけ印になった。 「死んだら、どうなるの」  波音が聞こえ、海鳥が鳴いている。項垂れている銀髪を見下ろした。  無になるのさ。祠官はそうは言わねぇだろうが、教育者として答えるなら、ただ、無だよ。消えるのさ、周りに色々遺してな。 「消えるのに、お墓を作るの?()になるのに?」  銀髪の女は肯定した。わたしの中ではまだ消えてねぇんだわ、といつもより勢いを落として付け加えた。。そして花束を掴み、膝を叩いて立ち上がる。  付き合わせちまって悪かったな。今日はわたししか空いてなかったもんだから。伝え忘れちまったがこの日は州局が休みなんだ。覚えておけ。ついでだし、孤児院(おうち)に寄るか?  キュアッドリーは孤児院がある方向を見つめて迷った。決断を急かす声はない。開けていないスナック菓子に理由を見出す。 「デュンには会いたい」  決まりだな。  女は足元に気を付けるように言って車へと戻った。そのまま歩いて行ける距離だったが車を出し、3分もかからず孤児院の駐車場に移動した。庭で兄弟が遊んでいる様子はなかった。  わたしはテキトーにやってるから気にしねぇで行ってこい。  車から降り、見送られながらキュアッドリーは走った。建物の中には誰もいなかった。数日帰らなかっただけで身に染み付いている家族の匂いを嗅ぎ分けてしまう。レーニティアもディレックもデュミルもいないようだった。部屋をひとつひとつ覗いた。レーニティアとディレックに会うのは気拙かった。買い物に行ったのかも知れない。ディレックがいなければデュミルもいない。誰もいなければ弟が昼寝をしていても兄は起こして連れていくはずだ。しかし誰も留守番がいないということは今までなかった。しかし寝室を見るまでは諦めがつかず、寝ているかも知れないデュミルの姿を探した。だがやはり誰もいなかった。玄関から足音が聞こえ、話し声がした。キュアッドリーはびっくりして室内を見回す。ディレックだったら?レーニティアかも知れない。何と言葉を交わしていいのか分からなかった。合わせる顔もなかった。足音と声が近付き、クロゼットに入った。通気孔から外を覗く。声は片方はレーニティアのものであったがもう片方は知らない男のものだった。  レーニティアくんのスキモノ穴、早く愉しみたいよ。  レーニティアが部屋に入ってきた。身形のいい男と一緒だった。窓際のベッドに2人は重なるように転び四肢を縺れさせた。キュアッドリーは無意識に指を噛んだ。レーニティアは裸に剥かれていく。身形のいい男も高そうな衣類を放り投げた。 「キスは駄目です……キスは駄目…」  へへ、じゃあしゃぶってくれ。  男はベッドに足を開いて座った。レーニティアはベッドから降りてその股倉に頭を埋めた。ちゅぽちゅぽと音がして、少しずつ銀髪が上下に運動する。その所作は金と優しい言葉をくれる客にバナナや棒キャンディを用いて指導されたものだった。  レーニティアくんのお口まんこは噂通りに最高だね。喉奥までおまんこなんだ。  指輪の光る手が銀髪を撫でた。じゅぽ、じゅぽ、と静かな室内に水音が沁み渡る。男の呻き声はキュアッドリーも知っていた。カラスになってしまった客もキュアッドリーを眺めて股を掻き毟りながらよく溢していた。 「んん、ん…」  おちんちん舐め舐めして感じるのか?淫乱だなぁ。ほら、足で擦ってやる。 「ぅんん……ふ………ん、ぁ」  じゅる…じゅるるる、と音がして指輪だらけの手が銀髪を股間から剥がす。レーニティアはベッドに上がって腰を上げた。キュアッドリーに尻が向けられる。浅黒い肌に浮かぶ薄い窄まりを捉えて、見てはいけないところを見てしまった気分になった。指輪だらけの手が引き締まった臀部を撫でた。男は中心に顔を割り込まさせ、ぴちゃぴちゃと音を立てた。 「ぁ…ん、」  舐めただけでイっちまうなよ。おれのおちんぽ気持ち良くしてくれな? 「は、い……ぁっ」  男の頭が退き、飾りだらけの指輪がレーニティアの尻の真中に入った。キュアッドリーはびっくりして自らの尻に痛みを覚える。 「あ……ぁあ……っん、」  すんなり入ったぞ。すごいとろとろだ。焦らしたからか?ああ、早く挿れてぇなぁ。 「あっ……あ、そこ…弄らな……ぃで、ぁっ…あん!」  イかせないよ、お兄さん。  レーニティアの臀部に指を入れた方の腕が小刻みに震えている。鼻にかかった高い声が断続的に響いた。キュアッドリーの保護者代わりは下半身を跳ねさせてベッドを喧しく軋ませた。 「そこ、捏ねたら……あっあぁ、イく…、ぅ……ん、」  だめだぜ、お兄さん。もっと堪えないと。他のお客さんはそれで許してくれたのかい?そりゃお兄さんがいやらしくて可愛いからだな。  四指に装飾品を嵌めた指が垂れた。男は四つ這いで尻を持ち上げるレーニティアの手を引いた。キュアッドリーの目の前までやってくる。何か用でもあるのかと身構えてしまう。男はクロゼットに凭れるよう彼を押し付け、長くしなやか な片脚を担いだ。2人の下半身が結合する。キュアッドリーは両手で口を覆った。 「ぁひぃ…」  うぁ…あ、すごい名器だ。おれのちんぽの形をすぐに覚えやがる。  がつ、がつ、とクロゼットの扉が叩かれる。縦縞のような隙間から見えるレーニティアの腫れ上がった器官がぶるんと揺れる。菓子や金をくれた客もキュアッドリーの下着や素肌を見てそこを腫らした。 「あっあ、あんっ、くぅ…」  何人咥え込んだんだ?この締め付けはすげぇ。喰われる。気持ちいい…  クロゼットを叩き壊さんばかりの音がした。キュアッドリーは耳を塞いで蹲った。 「胸…だめ……あっあっあっあっ、ンアッ!」  知らない声を上げるよく知った保護者の姿にキュアッドリーは認識が追い付かなかった。処理しきれない驚きが眼球を押し、視界が滲んだ。 「イく……イきます、もうイきます…っ!」  どこを突かれてイくんだ?お兄さんのここは何だ? 「おまんこ…おまんこイきます、あっあっあああ…」  意味はよく分からなかったが、カラスにされた優しい客もそのような単語を口にしていた。キュアッドリーにそれをぐぽぐぽ突かれながらレーニティアのそれをずぽずぽしたいのだと言っていた。そのために大人になることを待たれていた。レーニティアは身体を跳ねさせた。それはボールが弾むようなもので人間の動きとは思えずキュアッドリーに不気味な印象を与えた。レーニティアは激しい呼吸をしていたが男は彼のもう片方の脚も抱えた。軽くはないはずのレーニティアの肉体が浮いた。腿の間から白い液体が弧を描く。クロゼットにかかり通気口の縦縞にへばりついて長い生き物が這うように落ちていく。 「あっあ!」  銀髪が揺れ、彼の喉が仰け反った。深い、深い、と繰り返し、股間の直立が男の作るリズムに遅れて踊り、とろとろと粘り気のある白濁した液体を垂らした。レーニティアはベッドに連れられシーツに落とされると、別の繋がり方をした。  中に出す!中に出す!中に出す!孕め! 「あっあっっあぁぁ…!」  容赦のないスピードで拍手しているような音がした。レーニティアはキュアッドリーの聞いたこともないような声で悲鳴を上げて揺らめいた。ベッドもうるさかった。キュアッドリーは耳を塞ぎ続ける。 「ぁっ、孕みます……んんぅ…!極太おちんぽでお尻まんこ孕みます……ぁンっ!」  知らない人になったみたいなレーニティアはまた、「イく、イく、」と繰り返して悲鳴を上げた。男は動きを緩め腰をかくかくさせてから止まった。  お兄さんのとろまん最高…種付けちょう気持ちいい。バカになりそう。  男はレーニティアから離れた。しかしまたベッドに座り股間を舐めさせる。  なぁ、穴でオナニーするとこ見してよ。おれの使っていいから。そうしたら追加料金払うよ。  キュアッドリーは呆然とクロゼット内部の壁を見ていた。 「あっ………んンっ……」  ベッドがリズムよく軋んだ。そのたびに耳を溶かすようなレーニティアの掠れた声がした。男が彼に質問をする。彼は高く鳴きながら問いに答える。落ち着いていたベッドのリズムが激しくなる。掌を打ち合わせたような音が強くなった。 「あっ!動か、な……あっぁん……」  早く戻らなければ怖い女が心配する。来てしまうかも知れない。レーニティアが男の質問に答えたように、「いやらしい穴に硬くて太い肉棒を出し入れしている」ところを見られてしまう。「お尻まんこでおちんぽミルクをきゅんきゅん飲む」ところを見られてしまう。「奥まで突かれて恥ずかしく穴イキする」ところを見られてしまう。キュアッドリーはクロゼットを蹴破るように飛び出して駐車場まで走った。銀髪の女は車の中で本を読んでいたが、泣き出すキュアッドリーに緑の目を見開いた。  どうしたんだよ?  喉に濁流が押し寄せ喋れなかった。何でもないとばかりに首を横に振る。  デカガキにいじめられたのか?  否定する。銀髪の女の眉間から皺は取れたが困惑を浮かべ、簡単には納得しそうになかった。怖い夢を見ていたのだと片付けてなかったことにしようとした。女は舌打ちをして車から降りる。  あのバカガキにも教育が必要なんじゃねぇか。  キュアッドリーが止めるのも構わず銀髪の女は建物に向かってしまう。ジーンズに縋り付いても女は転ばないように少年を支えるだけで足を止めない。キュアッドリーは首を振って女の前に立ち塞がった。部屋から聞こえる高い声に銀髪の女は恐ろしい顔をして少年の肩を掴む。 「キュディ!キュディが…あっんあっ!」  寝室からレーニティアの声が聞こえた。男の興奮に満ちた呻きも連なっている。女は待ってろと言ってキュアッドリーを制すると足音を殺して寝室を窺う。  嘘だろ。  女は呟いて床を蹴り部屋に入っていった。キュアッドリーもおそるおそる部屋の中を見た。ベッド柵に腕を縛られたレーニティアへ男が腰を振りたくっていた。銀髪の女の姿を認めると小さな軋みは止まった。  18歳未満に性行為を見せるのは虐待だ。罰金と懲役どっちか選んでおけ。  男は脱ぎ散らかした物を慌てて拾い上げ逃げ出した。キュアッドリーは突き飛ばされる。 「キュディ!」  レーニティアは暴れたがベッド柵に両腕を括られて身動きを取れなかった。女は溜息を吐いて裸の青年に近付く。キュアッドリーもすぐに起き上がった。  これも立派な児童虐待だ。そろそろ本当に目を瞑っていられなくなるからな。そうしたら一番下のガキも州局(うち)で保護する。  女はレーニティアを拘束する紐を解きながら凄んだ。キュアッドリーはおそるおそる近付いた。 「待ってくれ……待ってくれ…!」 「ぼくが勝手に帰ってきちゃったから…」  キュアッドリーは銀髪の女の服を掴んだ。大人の話なんだよ。彼女は男児を突き放す。  他の2人はどうした。 「買い物に出掛けてもらった」  ふん。仕事の邪魔をしたな。相場が分からねぇんで悪ぃが、無賃労働(ない)よりマシだと思ってくれ。あいつはヤり逃げの常習犯て売春(ウリ)の間じゃ噂だ。せめて前金に半額くらいはせびっておくんだな。  女はレーニティアの紐を解き、虹色紙幣を5枚渡した。 「だが…」  ここでもあんたが屈すりゃあのガキどもに飯を食わせてやれるってわけだ。  銀髪の女はキュアッドリーを向いた。お前はどうする。彼女は問う。緑の目を捉えながらキュアッドリーは茶髪をゆるゆると振ることしかできなかった。  帰るか。今日はわたしの家だぞ、いいのか。 「キュディ…」  優しい保護者の顔をキュアッドリーは目を見開いたまま凝然と捉えた。知らない人がレーニティアの中に住み着いている。恐ろしい言葉を吐く知らない顔がある。ディレックやデュミルも知っているのか。自分だけ知っているのではないか。共に暮らし、共に過ごした銀髪の男に後退ってしまう。彼より少し黒ずんだ銀の髪の女のシャツを掴んだ。 「レニーは、レニー…だよね?」  翠色の双眸がキュアッドリーを射す。 「怖い思いをさせた。本当にすまなかった…」  女は手を伸ばしたレーニティアからキュアッドリーを遠避ける。男児は顔を上げられず床を見つめていた。  まだちょっと整理がついてねぇんだな。大人にもそういうことがある。…あんたも少しだけ、こいつに時間をくれてやるこったな。 「キュアッドリーを、頼みます」  女はレーニティアに挨拶をしてキュアッドリーの肩を支えながら施設を出た。庭でデュミルを抱えたディレックが小さな袋を持って立っていた。長男と次男の間に会話はなかった。  いいのか、何も言わなくて。  キュアッドリーは頷いた。車内は静かで女から話しかけることはなかった。 「レニーと一緒にいた人、おじさんと同じこと言ってた。レニーも…」  エリプス=エリッセの駐車場に車が停まる。走行音が消え、キュアッドリーはやっと口を開く気になった。銀髪の女は内部からのロックを外す。隣の車に気を付けるよう言っただけで少年への返答らしき言葉はなかった。 「おじさん、まだ子供だから大人になってからって言ってたけど、ぼくも大人になったらああいうことをしていたの?」  そうだな。そうやって金を稼ぐことも出来る。あまり勧められないがな。ただお前が大人になっちまえば、周囲(わたし)もあまりごちゃごちゃ言えない。  なかやか降りようとしないキュアッドリーの後部座席まで女はやってきた。怖かったな。女はまだ棘を持ちながらも努めて柔らかい調子で言って彼を車から降ろした。美味いものでも食って忘れよう。賑わう観光地に連れていかれる。女は少年の小さな肩から手を離さず、レストラン街に案内する。 ◇  デュミルに菓子を与え外に出ないように伝えるとディレックは寝室に向かった。鼻血の量は少なくなったがそれでも奇妙な体験に自ら飛び込む時、鼻から血が垂れた。レーニティアが趣味の悪い服装の男と激しく下半身を結んでいる間に州局に預かられているはずのキュアッドリーがクロゼットから飛び出してきたのだった。追おうとしたレーニティアを男は縛り付けてさらに興奮した様子で罵り、甚振っていた。 「レニー?」  寝室に彼の姿はなかった。トイレに向かうと鍵が締まっている個室があった。ノックする。子供用の小さな便器ではなく大人用の便器が設置された個室だった。 「レニー、大丈夫かよ」 「ディル…」 「見てた」  鍵が解かれ扉が開き雪崩れるように裸のレーニティアが出てきた。ディレックはその裸体を受け止める。 「つらかったろ。大丈夫だ」  冷えた筋肉を撫で摩る。 「デュミルはどうした」 「おやつ食べさせてる」  レーニティアの大きな腕がディレックの背に回った。 「あの女の人になんか言われたか」  銀髪が揺れる。彼は問いに答えるでもなく「大丈夫だ」と呟いただけだった。 「風邪引くだろ。服持ってくる。先にシャワー浴びる?」 「デュンと夜に入る」  銀髪を撫で、少し固い髪を指で梳く。彼はディレックの肩口へさらに強く顔を埋めた。 「唇、守ってくれたんだな」 「ここだけはディルに渡す…」 「すごく嬉しい。でも無理はするなよ。勿論、レニーの身体だからレニーが決めることだけど」  廊下をレーニティアの腿を伝う液体が汚した。普段レーニティアのそこから滴るものより透明で、粘りが弱まっている。 「出すの、手伝う」 「い、いい…お前にこんなことさせられない!」 「やる。オレは見てることしか出来ないから、レニーの為になれるなら、やらせてほしい」  翠色の目が細まる。レーニティアはよろよろとトイレに戻り、便器に手を付くとディレックに双臀を向けた。収斂(しゅうれん)する窄まりは赤く熟れ、とろとろと白濁の薄まった液体が落ちていく。 「ディル」  肩越しに目元を赤く染め、潤んだ瞳に捉えられる。ディレックの心臓がどきりと跳ねる。薄い唇が「頼む」と動いた。ディレックは指を舐め、彼の中に挿し込んだ。 「ぅ、………ん、」 「いつもひとりでやってるんだもんな。たまには、オレがやる」 「ディル…そんなことまで、分か…ぁんッ」  レーニティアの窄まりがひくひくとディレックの指を食い締める。奥へ奥へ連れて行こうとしている。指を曲げると関節がわずかな弾力を持ったところに当たった。指の腹で掻くと彼は喉を攣らせて綺麗な声を漏らした。もっと聞きたくなる。この声を身体を重ねながら聞いている輩がいる。自分の器官や、それに似た異物を突き入れて愉しむ輩がいる。舐めさせ、飲ませて悦ぶ輩がいる。彼が乱れて悶えて癒される輩がいる。考えると息苦しさが募った。 「レニー」  指を増やし、ペーパーに体液を掻き出す。時折彼がびくりと腰を震わせる(しこ)りを押した。 「ぁっ…ぁんん、!」  聞きたい。もっと聞きたい。自分の身体で鳴かせたい。目的が呑まれていく。さらに震えて悦びに噎ぶこの男が見たい。腕の中で息もさせないほどほど抱き締めながら。溺れるほど口付けながら。身動きも取れないほど縺れながら。 「んぁ、ディル、ディル…!もぅ、いい!ディルっ!」 「だめ。まだ…」  レーニティアを買う輩が、レーニティアを犯す男たちが、レーニティアを異物で苛む女たちがするように彼の体温に馴染んだ指を抽送する。 「あっあっあぁ!ディル…だめ、ディル……ディル、だめだ…!」 「だめじゃない、何も。誰にも気なんて遣わないで、今はレニーのタイミングで、イって…」 「ぁっンんっ…ディル…!そんな……言葉、使う…なァっあっあっ!」  銀髪の中で耳が赤くなっている。腹は減っていないはずだったがまたそれとは違う空腹感に陥った。 「イきたくない?」 「ディル…ディ……ル、」 「イきたくないならやめる」  縋るように名を呼ばれ、ディレックは胸が苦しくなった。身体で感じていることと気持ちで感じていることが違うようだった。それならば金を介入させて彼の肌を暴く輩と同じだ。家族だというのに。ディレックは指を止めた。ひくり、とレーニティアの熱孔が迷う指を食む。 「イき…たい。でも……怖い…」  荒い息を吐きながらレーニティアは泣きそうに眉を下げ、翠玉はすでに潤んでいた。 「大丈夫。オレだから。オレが怖い?レニー」 「顔を見せてくれ。そうしたら、怖く、ない……」  顔面の穴という穴から火が噴くのではないかと思うほど頭が熱くなり、背中や首は暑くなった。鼓動で胸が破れそうになる。彼の肉体に密着する。空いた手でレーニティアの頬に触れた。彼も首を曲げ、濡れた宝玉がディレックの紅い瞳を放さなかった。喉の隆起が上下するのを見てディレックは抽送を再開する。眉や目元が歪んでいく様から目を逸らせないでいた。薄い唇が浅く息をする。そこは見た目よりも肉感があり、触れたなら甘く蕩けてしまうことを知っている。 「ディル…」  助けを求めるように名を呼ばれ、抗えない力に引き寄せらるまま口付ける。甘さに頭がおかしくなりそうだった。舌を絡めて、吸った。沸き立つ感情が抑えきれなくなる。繋がった口腔に悲鳴がくぐもり、内壁が痙攣する。指がきつく呑まれ、咀嚼される。震えて崩れそうな身体を支える。行為の区切りを知らされてもまだ唇を離せなかった。 「ぅん……ぁ、は…」 「…っん」  レーニティアの片手がディレックに(うなじ)に回る。響きやすい空間で唾液の混じる音がする。汗ばんだ彼の熱を感じ、唇を離した。透明な糸で結ばれるが簡単に切れてしまう。しかしその呆気なさに切なさを覚える間もなかった。 「身体、冷えちゃうな」  ぼんやりと見つめるとろんとした翠色の眼球を舐めたくなる。眉に接吻した。 「ありがとうな、ディル」 「何言ってんだよ。着替え持ってくる。デュミルの様子もちょっと見てくるから待ってて」  離れたくなかったが末弟のことも心配だった。レーニティアの蜜に濡れた唇がまだ熱い。つい触ってしまう。デュミルは菓子を食い終わりソファーの上で寝ていたため薄手のブランケットを掛け、レーニティアへ着替えを持っていく。彼はデュミルの様子を訊ねた。まだその目はとろんとして、漂う妖しい空気感に()てられてしまう。シーツ、洗濯しないとな。笑ってすべて誤魔化そうとする保護者を壁に挟んで唇を塞がずにはい

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