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第2話

 ここまで気に止めてしまうのは、名雪がまさに今この職場で、知られてはいけない恋を実らせているからだろう。  誰かに勘繰られる恐怖を思えば、この関係を始めるべきではなかった。そんなことは、名雪も分かっている。  ただ、その胸中には、薄氷を踏むような想いをしてでも、手放すことができない恋慕が宿っていた。  病院の事務職員と言えば、医療事務に携わるもの、いわゆる病院の顔とも言える受付や会計などと思われがちである。しかし、名雪の持ち場は受付ではない。病院二階にある事務室である。主に病院規則の改正や業務委託の契約など、裏方中の裏方である。  まず最初に自身の左隣の席を確認した。席の主が不在であることに少し安堵し、なるべく視界に入れないように業務に戻る。ふとディスプレイの時計を見ると3時を過ぎており、この時間は打ち合わせがあると言っていたことを思い出した。  しばらくの間作業に取りかかっていると、後ろから声を掛けられた。 「ユッキー、如月サンどこ?」  名雪の直属の上司である如月を探しに来たのは、同じ部署の風間である。如月の二つ下の後輩であるこの男は、ことあるごとに名雪をからかいに来る。  茶髪にパーマ、青い縁の眼鏡と一見軽薄そうに見えるが、意外なことに三児の父である。休みの度に子供の習い事に駆り出されるとぼやいている。 「打ち合わせがあると言っていたので、それで席を外しているみたいです」 「あ、そうなの」 「多分もう戻って来るとは思うんですけどね」  風間が自分の席に戻ろうとした時に、噂の人物が戻ってきた。    如月蓮司(きさらぎ れんじ)    褐色の肌に爽やかな顔立ち。四十路手前だが、中年太りなどとは無縁のすらりとした体つき。名雪が聞いた話によれば、若い頃はトレンディ俳優に似ていると言われていたそうだ。如月自身が自称しているわけではなく、そんな話題が上がった時も、困ったように笑っているだけだった。ただ、名雪はその俳優のことを知らなかったし、検索してヒットした画像を見ても、首を傾げるだけだった。周囲から「これがジェネレーションギャップか」と恨めしそうに言われたが、仕方がないことだ。  それよりも名雪としては、如月が肺気胸罹患者という事実を知ったときに、「美形なんだなあ」と認識した覚えがある。  しかし、見目は良い方だというのに、未だに独身である。本人曰く、老後の面倒は甥っ子、姪っ子に見てもらうから大丈夫とのことだ。果たして本当に見てくれるのかと思わず名雪が口にした時、物凄く不安そうな顔をしていたが。 「ん?どうした?」 「あ、如月サン。ちょっと聞きたいことあるんですけど」

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