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第3話

 風間が話を聞きに来たのは、如月が前任者に当たるからだろう。係長に昇格し、名雪の直属の上司となったのだ。  如月は風間との話に集中している。名雪にとって、それが好都合だった。今、如月に見られたら、動揺を悟られる。悟られてしまえば、この場でボロを出してしまうかもしれない。そんな不安があった。名雪分かりやすい性質なのか、如月が敏いからなのか、おそらくその両方なのだろうが、本音を隠し通せた試しがなかった。  そうこうしているうちに、話が終わったのか、如月が自分の席に戻ってきた。名雪の体に緊張が走るが、平静を装う 。  視界に入れないように業務に取りかかるが、肩の強張りが気になり、手で抑えてしまう。 デスクワークと肩凝りは切っても切れない関係にあると言えるので、怪しまれることはないだろう。しかし、それから数十分後、この男の前では、それは無意味だと知ることになる。 「辛いですな」 「えっ」    ふいに声をかけられる。何でバレた。見透かされた事実に、思わず名雪は声を上げてしまう。 「連投中のピッチャーみたいな顔してる」  柔らかい笑顔を向けられ、名雪は全面降伏するより他なかった。この表情の前では、どんな防御も無意味である。  自分は今、どんな表情をしているのだろうか。名雪は表情を取り繕おうと必死だった。必死なのに、この会話に思わずにやけてしまう自分が悔しい。名雪はそう感じていた。 「限界です」 「え?」 「球数制限が……」 「あ、このネタ続く感じ?」 「いや、係長から、振ったんでしょ!」  十程年の違う二人だが、何故かウマが合い、会話が何故かいつも漫才のようになっていると定評がある。二人の上司である課長補佐からも「あんたらいつもじゃれあってるわね」と言われたことがある。  その後は、特に問題もなく業務にとりかかることができた。  終業時刻を過ぎ、退社する者が目立ち始めた頃、名雪も帰宅の準備を始めていた。如月は未だパソコンに向かい、作業をしている。 「名雪ちゃん、帰れる時は早く帰りなね。俺のことは気にしなくていいから」 「係長は、まだ、残るんですか?」 「まあ、あとちょっとだけ。そんなに長くは残らないよ」  二人がそんな会話をしていると、帰り支度を済ませた風間が傍までやって来た。

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