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第7話
「いや、でも、心配でしたから」
名雪が心配するのには、理由があった。
ややくたびれて来ているとはいえ、如月は綺麗な顔立ちをしている。そんな男が、赤い顔をして気だるそうな顔で街をうろついていたら、大変なことになるのではないか。たとえそれが、カルアミルクなどという名雪に言わせれば、乳臭い飲み物が作りだした色香であったとしてもだ。
心配半分、もう少し一緒にいたいと思う邪心が半分。この時の名雪の心情は、そんなところだった。
その後の展開としては、そんな純心と邪心を羊の皮を被った狼に丸ごと頂かれてしまった。
如月の酔いは演技であり、名雪を自宅まで招き入れ、大人の男の色香を使い、名雪に告白させるよう仕向けたのだった。
実際に酔っているのは間違いなかったらしいが、ほろ酔い程度で意識もはっきりしていた。単に顔に出やすいだけだった。
亀の甲より年の劫とでもいうのか、如月は名雪の感情に気が付いており、同じように名雪のことを憎からず思っていた。しかし、上司という現在の立場から関係を迫ってしまえば、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントの合わせ技と言われかねない。何とか名雪から告白させようと思ったようだ。
名雪は見事術中にはまり、如月の前で思いの丈をぶちまけることになってしまった。あまつさえ、涙腺が緩んだ様まで見られるという醜態をさらした。もともと涙腺は緩い方だったが、まだまだ精進が足りないようだ。
如月はそんな様を見て「大丈夫だよ」とか「可愛いよ」と囁いては、優しく抱き締めた。
「俺も、名雪ちゃんのこと、いいなって思ってたよ」
そう言われてしまっては、落ちるより他なかった。つくづくこの上司は、卑怯な男だと名雪は思った。
もし名雪に気がなかったとしたら、次の出勤の時にでも、「酔ってあんまり覚えてないんだけど、変なことしてたらごめんね」と言って片付けるつもりだったよう
だ。
ただ、あれはその気がなかったとしても、落ちてしまうのではないかと思わせる破壊力を持っていたと名雪は思う。
そして、卑怯だと感じていても離れられないのだから、結局のところ、名雪は恋の沼に落ちてしまっているのだろう。
そういう経緯もあり、晴れて恋仲となった二人だが、それからの進展は、特にない。仕事も多忙な時期であり、合間をぬって、関係を深めるのは、難しかった。
そもそも、言ってしまえば、毎日が逢瀬のようなものなのだから、無理にあれこれ動く必要はないし、焦りのようなものも抱きようがない。
こういう関係になれただけで、幸せなのだ。
そう思う名雪の気持ちに嘘はなかった。それでも、先日如月から誘いがあった時は、嬉しさを隠すことは出来なかった。
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