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第23話

「……ミオ……」  蛇村の影でよく見えなかったサクラは体を起こし、驚いた顔でベッドルームへ入ってきた二人を見つめた。その顔には怯えや恐怖などはなく、ミオは少しだけ安心したが体は真っ直ぐにサクラへと向かっていった。 「……先輩!」  向かってきたミオに驚きを隠せないのか、固まったままだった蛇村はサクラから手を離すとベッドから立ち上がった。 「お、おい、お前達、何か勘違いを……」 「行きましょう!!」 「おい、お前……」  呆然とした顔のサクラの手を取ると、強引にベッドから起こしそのままミオはベッドルームのドアへと大股で向かった。  背後で蛇村が何か言っているがミオには届いていない。サクラは何も言わずに手を引かれたまま、ミオに着いて来る。 「早く行きなさい」 「……はい」  コテツはこの場に不似合いな程柔らかい笑みを浮かべ、二人を逃がした。サクラと擦れ違う瞬間何事か小声でやり取りをしたが、ミオは気付かなかった。  二人を追い掛けないよう、コテツはドアの前に立ち部屋から完全に出ていくのを見送ってから残された蛇村に向き直った。  ベッドに腰掛け不貞腐れたような顔の蛇村は、コテツを睨み付けたが事態が好転する事がないと分かっているからか何も言わずに黙り込んだ。 「何だか疲れた、僕は何も悪くないというのにあの犬は穢れたものでも見るような目で僕を見た」  屈辱を思い出したのか、蛇村の顔が悲しそうに歪む。コテツはまだ表情を変えない、悠然とも言える笑顔のままだ。  それも蛇村にとっては気に入らないようで、射るように睨め付けた。 「執事が何を笑っている……」 「失礼、何も分からない貴方が憐れで……」 「貴様……」 「ふふ、これはサクラ様だけの計画ではありません、サクラ様とオレが幸せになる計画、そして貴方もね」 「……?」  訝しげな蛇村に、コテツは執事の顔を脱ぎ妖艶に笑い近付く。  不審そうな顔をしているが、コテツの言った意味が気になるからだろう部屋から出ていこうという素振りはない。 「隣に来てもまだ気付かないのですか?」 「……?何をだ?」  オメガは美しい容姿の者が多い。コテツにしてもそうだ。  並べば蛇村より高い身長、異国を思わせる褐色の肌と吸い込まれそうな金の瞳はそれだけでも人目を惹き付ける。  だが、蛇村はそんな美麗な見た目に興味はないのか不遜な目付きでコテツを見上げたままだ。  成人すれば番のないオメガの大半が身に付けている首輪をコテツはしていなかった。  それは番がいるからではない。コテツは相手がどんな強者であっても、急所とも言える首筋を噛ませない自信があるからだ。  スーツの下に隠された屈強な肉体は何人をも跳ね除ける自信がある、それは己の鍛錬を信じているからこそ。  そして、唯一の相手がいるからこそでもあった。   「蛇と言うのはもっと鼻が利くと思っていましたけどね……」 「さっきから何が言いたい……執事の分際で……」 「えぇ、執事です、でもオレは貴方の執事ではない」  眼の前で丁寧に腰を折りお辞儀をしたコテツの態度は、蛇村からしたら鼻に付く慇懃無礼なものだった。  話など聞かずに帰ろうかと蛇村が思い始めたのを察し、コテツは態度を改めた。 「言ったでしょう?これは幸せになる計画だと」 「お前達がだろ?」 「貴方もですよ」 「どこがだ?」 「運命の番を掴まえられるのですから」 「は?」 「……まだ、気付かないのか?本当に?鼻が詰まっているのか?」  言いながらコテツは座ったままの蛇村の鼻の辺りを大きな手で擦る。 「おい、何をする……!」 「アンタが気付かないから気付かせてやろうって言ってるんじゃないか……」 「なっ……?!……?…………??………!!!」  ぎゅっと蛇村に抱きつき首筋に顔を埋める。そうすれば蛇村も嫌でも分かるだろう、これだけ近くにいればコテツの放つ香りの正体が。 「……やっと……気付いたみたいだな」 「なっ……き、さま……」 「あーあ、そんな顔をするなよ……仕事中だってのにオレが我慢出来なくなる」  真っ赤になった蛇村を愉しそうに見つめるコテツの頬も薔薇色に染まる。  オメガ特有のフェロモンを浴びたからだけではない、自分の分身を見つけたかのような衝撃が胸の中に渦巻き蛇村は動揺していた。それをコテツも感じているからこそ、何も出来ずにいた。 「……ネタばらしをしてやるよ」  これくらいなら赦されるだろうか。そんな気持ちで蛇村の耳元へ囁き、耳たぶを甘噛する。 「?!」 「……すまない、余りにも美味そうで」 「は、離れろ……!は、はしたないぞ!!」 「……おいおい、アンタまさか童貞か?」 「う、うるさい!!とにかく!どけ!話は、聞いてやるから!」 「はいはい」  渋々と言った様子でコテツは蛇村に巻き付けていた腕の拘束を解いた。  すると逃げるかのように、蛇村は大きなガラス窓の側のソファーへ移動してしまった。オメガの、しかも運命の番のフェロモンに当てられたというのに、押し倒すどころか逃げ出すとは。  そんな初心な態度を取られるとは大きな誤算だと内心苦笑しながら、コテツは執事の仮面を被り直し今回の騒動の顛末を蛇村に話し始めた。

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