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第30話
「小さい頃のことは……はっきりと覚えている訳じゃないんです……」
おぼろげながら、記憶を辿れば温もりと、艷やかな柔らかい毛並みは思い出せる。あの時の弱々しい助けを呼ぶ声も。
でも、今のサクラと結びつかないのは、人型になったサクラだからだ。
「迷子になった黒猫ちゃんを見つけたのは何となく覚えているんですけど……」
「黒猫になったところが見たいか?」
「そういう訳じゃないんですけど……」
「……すごく安心したのを覚えている、お前に抱えられた時嗅いだお前の匂いも、温かい腕の温度も……覚えているよ……」
「……すみません」
「だから、謝るな……」
苦笑を浮かべ、サクラはミオの頭をポンポンと撫でた。子供にするような仕草だが、ミオはそれが気持ちよく目を伏せた。すると、サクラはそのまま優しい手付きで頭を撫で続けた。
項垂れるように前屈みになりながらも、それが嬉しくてミオは中々顔が上げられない。
「本当に犬だな」
「……」
手が離れ、頭を上げると呆れるか苦笑しているかと思ったら、サクラは優しく微笑んでいた。
ズレたカチューシャを外し、ベンチに置く。
意を決してミオは口を開いた。
「……ペットでもいいです……」
「……ペットになりたい?」
「……」
「大型犬か……散歩が大変そうだな」
「さ、散歩は勝手に行きます」
「勝手に行くな、主人と一緒に行くものだろ?」
「……はい」
大きな琥珀の瞳は、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
その瞳が細められ、楽しげに口元が綻ぶ。
「僕のペットになってくれるか?」
「……ペットが……いいんですか?」
自分でペットになりたいと言ったくせに、拗ねたような聞き方になってしまった。
だが、サクラは笑いもせず真顔で質問を変えてきた。
「僕のものになってくれるか?」
「………!」
「返事は?」
「はっ、はい!」
「いい子だ」
周囲から歓声があがり、ドン!という音が夜空に響く。ベンチから立ち上がり、数歩移動すると暗闇に落ちていく花火の残り火が見えた。
「花火、上がり始めましたね」
まばらにいた周囲の客達は皆花火が見える開けた場所へと移動している。ミオもサクラを誘うように手を伸ばした。
「先輩」
白く小さな手がミオの手を掴むと、ぐっと体が沈み込んだ。サクラに引っ張られたのだ。その勢いでミオは再びベンチに腰を下ろした。
「……先輩?」
花火を見ないのだろか?問いかけようとするミオを制するような強い視線がぶつかる。
サクラの細い指が自らの赤い首輪に触れる。何をするのだろう、まさか、一瞬過った考えが正解だとは思えずミオはサクラの指を目で追う。
サクラはミオを見つめたままだ。いつも以上の強い視線、それはサクラの緊張を意味していた。
首輪の金具が外れる。小さなダイヤが街灯の光にキラリと反射した。
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